月が綺麗ですね
車を私の住むワンルームマンションの敷地内の空きスペースに停めると、徹さんはいつものように助手席のドアを開けてくれる。


「車酔いしてないか?」


あくまでも私の体調を心配してくれている。


またもやじんわりと熱くなる目頭を悟られないようにうつむくと「はい」短く答えた。


差し出された手を取って私は車から降りる。


「行こう」


お互いの指をからめて歩きだす。

温かい手は私を安心させてくれる。

私たちの関係に不安があるわけじゃない。徹さんに不信感とか疑念とかを抱いているわけでもない。
だけど得も言われぬ何かが時々ふっと心に湧いてくる。
それが何なのか全く分からない。それは姿の見えない亡霊のような漠然としたもの。

でも彼とこうして体の一部がつながっていると、その温もりを感じると、漠然とした何かがスーっと消えていくことも事実。


無言で彼を見上げると、「ん?」と口元を緩めながら私を見下ろしてくる。

「何でもないです」

首を振り甘えるように彼の腕にもたれた。
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