月が綺麗ですね
次の日は快晴だった。

家中の窓という窓を開け、空気を入れ替える。

仙台は遅い春を迎えていた。

雪国は冬が長い。ようやく訪れた春はつかの間。あっという間に夏が来たかと思ったらもう秋。そして気づけばまた冬が来る。

上京したての頃は、四季が仙台とは全然違うことにも驚いたっけ。

近所の桜の花びらがウチの庭にも舞っている。


「今年はお花見しなかったな」

いつもならば、営業三課のみんなで目黒川へお花見に行ったのに。

どこかでヒバリの鳴き声がした。感慨にふけっている暇はない。


「浩史のやつ全然掃除してないんだからっ」


掃除機をかけて、床を磨き、ゴミを集めシンクに溜まった食器を洗う。


「こんなんじゃダニの巣窟になっちゃう。彼女が遊びに来てるなら、少しくらい掃除したって良さそうなもんなのに」


古くても広い実家の掃除は大変だった。1階のほとんどが和室で、お正月に取り換えた畳の井草の青臭い匂いがまだかすかに残っている。


「この香り、落ち着く」

ワンルームだと畳が無いから忘れていたけれど、やっぱり畳っていいな。今日はここにお布団しいて寝ようかな。だったらお布団干さなくちゃ。

押し入れから来客用の布団一式を出すと、それらを縁側に並べる。

お日さまが中空に移動したころようやく掃除を終え、私は縁側でお茶を飲みながらくつろいでいた。

スマホには徹さんから連絡が何度もあったから、電源を落としていた。

もうこの辛さから解放されたい。


「こっちで仕事探そうかな」


やっぱり徹さんの秘書をしているのは辛いし、異動願いを出したところで、社内で顔を合わせる機会だってまったくないわけじゃないし。

私が帰ってきたら、浩史が嫌がるかな?『せっかく独り暮らしを満喫しているところに、帰ってくんなよっ!!』って言われそう。

こっちのほうが家賃も安いだろうし、ワンルームを借りてもいいか...。


ぼんやりと今後のことを考えていたら、温かく優しい太陽の光に包まれて私はいつの間にか縁側で眠り込んでいた。
< 284 / 316 >

この作品をシェア

pagetop