月が綺麗ですね
着替えの終わった私は彼の待つ控室に入る。

「...綺麗だ」

ひとことつぶやいただけだった。


「徹さんも素敵です」


熱のこもった視線が絡み合う。それ以上何も言わなくてもお互いの気持ちはよく分かっている。


「ちょっと、二人の世界に入るのやめてくれる?」

腕を組みながら、いがちゃんが吐き捨てる。


「式の前に喧嘩はダメだよ」

私たちを見守っていた弘くんが口を開いた。


「弘くん、遠いのに来てくれてありがとう」

「いいんだ。風花の花嫁姿を見たら俺も諦められるから」


...弘くん。



「花婿の前で未練がましく堂々とそんなこと言うな」


徹さんは眼鏡の下から切れ長の瞳で弘くんを見つめる。


「風花は俺が幸せにするから菱倉はなんの心配もすることはない。今後は出世のことだけを考えて仕事に励んでくれ」

「...そうですね。風花を絶対幸せにしてください。もし泣かせるようなことがあったら、その時俺は黙っていませんから」

「君に言われるまでも無い」


徹さんは口の端を歪めた。


「なら傷心者同士、つき合っちゃう?」

いがちゃんがウィンクする。

「遠慮しときます」


弘くんの頭をいがちゃんが思いっきり叩いたのだった。



「そろそろお時間です」

教会の係の人が呼びにきた。


「はい、お願いします」

彼はハッキリとした口調で答えた。


...いよいよだ。

私は胸の前でギュっと手を合わせた。
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