月が綺麗ですね
彼は自分のカクテルを手に取ると、


「乾杯」


グラスを傾け、静かに口へとそれを運んだ。


「か...乾杯」


少し遅れて顔の前までグラスを上げると、私も彼と同じ仕草をする。


店内に流れる静かな音楽は私の緊張をほぐしてはくれない。

張りつめる空気からの息苦しさで、どこか所在なく、ゆっくりとカクテルを喉に流し込みながら、無言で夜景に視線を向けていると、


「今日は、お前のささやかな歓迎会だ」


相変わらず視線は窓の外だ。私は彼の鼻筋の通った横顔を見つめた。


「歓迎会?」

「ああ、秘書室の連中はみな忙しくて一堂が会せることはほとんどない。秘書室あげての忘年会や新年会も当然行われない。それに...」


どこか副社長の口元が歪んだ気がしたのは気のせい?


「新人を歓迎する気が彼女たちに、果たしてあるだろうか?」


...有るはずがない。と言いたげなその表情はわずかに薄笑いを浮かべていた。


ライバルがひとり増える。しかもその新人が自分たちより年少となれば面白いはずがないことに今更ながらに私は気づかされた。


この人はそんなことまで見透かして、私を誘ってくれたのだ。

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