月が綺麗ですね
「ブラウスの襟が出ている」

おもむろに私の襟元に長い指が伸ばされる。

えっ!?
突然のことにドキンと心臓が跳ねる。

あっ、これは決して副社長に好意があってのことではないと断言しておくけれど。


「身だしなみを整えておくのは秘書の基本だ。これからはもう少し自覚を持て。俺が不在の時は取引先や社内においても、お前は俺の名代、俺の顔になるのだからな」

「は...い。肝に銘じておきます」


全身がカチンコチンに硬直すると同時に、血液が何故か下へ下へと落ちて行く感覚。
指先は冷え、足はセメントで固定されたように動かない。

激しい緊張が私を襲っていた。


「自社製品を何故買わなかった?うちの会社はそんなに薄給だったか?」

「そ、それは...」
< 56 / 316 >

この作品をシェア

pagetop