愛縛占欲~冷徹エリートは溺愛を手加減しない~
やっぱり今日は書類を提出したら帰ろう。そう思っていると、今度はさっきよりもハッキリとつぶやいた。
「女は少し優しくするとすぐこれだ……」
開いた口が塞がらず、瞬きを数回。もう、やめて。誰ですか、この人は。
あの一ノ瀬さんから発せられた言葉だとはとても思えない。
私が相当疲れているのか。
それとも夢を見ているのか。
目を擦ってもう一度見ようとした時。
「……っ!」
思わず持っていた書類を落としてしまった。
無残にもバサバサと散らばった音に一ノ瀬さんはゆっくりとこっちを向いた。少し開いたドアから一ノ瀬さんが私に問いかける。
「朝比奈、さん?」
びくりと身体が揺れる。
こっちに向かってくる一ノ瀬さんに心臓がドキドキと鳴りだし、拾おうとした書類は焦りからか上手く拾えない。
ドアが開くと、一ノ瀬さんはいつもの声色で言った。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
焦るな、大丈夫。心を落ちつかせ顔をあげると、彼は普段通りの柔らかな表情でこっちを見ていた。
良かった、いつもの一ノ瀬さんだ。
ほっと胸を撫で下ろす。やっぱりさっきの言葉は私の聞き違いだった。
落ちた書類を全て拾い集めると。
「朝比奈さん、こっち」
一ノ瀬さんは私を手招きして会議室の中に入れた。