愛縛占欲~冷徹エリートは溺愛を手加減しない~
「あのさ、その一ノ瀬さんのことなんだけどさ……」
「何?」
誰にも聞かれないように声のトーンを落とし、伝えようとした瞬間。
「朝比奈さん」
私はある人に呼び掛けられた。
聞き慣れた声。
優しくて柔らかなこの声は。
「あっ。一ノ瀬さん、お疲れ様です」
そう、彼であった。
ゆっくりと振り返ると笑顔の一ノ瀬さんと目が合った。
その瞬間、顔の血の気がすうっと引いていく。一ノ瀬さんは優しく微笑んでいるが、目は笑っていない。
そのことに麻美は気づいていないだろう。
なんてタイミングでここに来たんだ。
「少し朝比奈さん借りてもいいかな?」
悪魔の一ノ瀬さんは王子のような顔をしてそんなことを言う。
待って止めて。
嘘でもいいから大事な話をしてると言って。
「どうぞ」
そんな願いも虚しく、麻美は笑顔で私を送り出した。
「良かった、じゃあ行こうか朝比奈さん」
一ノ瀬さんは絶対に俺の後をついて来いという威圧感を醸し出しながら、廊下を歩き出した。
逃げられるわけがない。
仕方なく一ノ瀬さんについて行く。まだまだ聞かれたと決まったわけじゃない。本当に仕事の話かもしれないし。
「あの、仕事のことですかね?クライアントとのアポですか?それならさっき……」
そんな期待を持って尋ねた言葉はすぐに却下された。
「きゃっ!」
突然、一ノ瀬さんが止まったかと思ったら私は手を引っ張られ、入ったことのない部屋に入れられた。