優しいスパイス
人の波間を縫って、駆け抜ける。



彼の沈んでいったエスカレーターを真っ直ぐ見つめて、空気を手でかき分け、体を前に前に押し出す。



はやる気持ちに足が追いつかない。



早く、早く。



気持ちばかりが急く。



やっとエスカレーターまで辿り着き、片側に列をなして降りていく人々の横を駆け下りた。



地下の地面にピョンと飛び降り数歩走って立ち止まる。



喉の奥に詰まっていた唾液を、ごくりと飲み込んだ。



エスカレーターから左右に延びる地下通路には、賑やかに専門店が並んでいて、人の通りが多い。



彼の姿が、見えない。



荒くなった呼吸を繰り返しながら、視線を左右に振って彼の影を探すけれど見つからない。



まだそんなに遠くには行ってないはずなのに。



そう思って目を凝らしていると、右側に続く通路の奥、大型の本屋から出てきた、背の高い黒シャツの人影が見えた。



ハッと息を呑んで追おうとした、その時。



グイッと後ろから二の腕を掴まれ、踏み出そうとした左足が空中で止まった。
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