優しいスパイス
スッと二の腕から手が離れる。



胸の奥が、何か詰まったように、苦しくなる。



顔の向く方に体を反転させて、止まっていた息を吐き出した。



それと同時に、彼の瞳が僅かに揺れたように見えた。



「……またその顔」



呟くような彼の低い声が落ちる。



その声が、水面に落ちた小石のように、胸の奥に潤った波紋を広げた。



「あ、の、」



息と声を絞り出して、あふれそうになる感情を喉の奥で止める。



ずっと会いたかった彼が、目の前に居るのに、何を言いたかったのか思い出せない。



目に移る彼の無表情が、思い描いていたものよりも優しく見えて、さらに胸を締め付けた。



「……やっぱり。俺を追って来たんだな」



彼が視線を伏せて言ったその言葉に、また鼓動が大きく跳ねた。
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