優しいスパイス
向かいの椅子が音を鳴らして、彼がそこに座る。



続けて私も椅子を引いて座ると、向かいの彼の視線が私に向いて、心臓が飛び跳ねた。



慌てて視線をランタンに落として、鼓動の音を聞きながら淡い光を見つめる。



なんだか、急に緊張する。



ざわざわと騒ぐ心臓に押されて、「えっと、」と声を出した。



「こ、ここ、お洒落です、ね」



目を合わせないまま言うと、「ああ」と短い返事。



また、沈黙。



目に映るランタンの淡い光がわずかに揺れて、向かいの彼が動いたのを感じた。



緊張と、なぜか高揚までもが、お腹の中で渦巻いている。



鼓動を耳で聞きながら、そっと視線をあげると、彼は頬杖をついてメニューを手にとり眺めていた。






伏し目がちな瞳に、黒い睫毛の影。



頬杖を軸にして斜めに傾いた顔が、物憂げな表情を醸し出している。



息をするのも忘れてそんな彼の姿に目を奪われていると。


伏し目がちだった切れ長の目の上に、二重の線がくっきり刻まれ、優しい色を浮かべた鋭い視線が私に向いた。





ドクン、と鼓動が音を立てる。





「ショートケーキとレアチーズケーキ、どっちが好き?」



頬杖を解いた彼がそう言って、顔を私の方に向けた。



「れ、レアチーズケーキ……」



答えると、タイミングよく店員さんが席にやってきた。



もしかしたら少し前に彼が呼んでいたのかもしれない。



「ご注文お決まりでしょうか?」


「レアチーズのケーキセット二つ」


「かしこまりました。以上でよろしいですか?」


「はい」



短いやり取りを終えて店員さんが立ち去る。



もしかして、コーヒーだけじゃなくケーキまで奢ってくれるつもりなの?



どうしよう、と彼に視線を向けると、彼がまるで「大丈夫」とでも言うように優しく表情を緩めた。
< 106 / 155 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop