優しいスパイス
低くて落ち着いた声。



ドク、と、脈が騒ぐ。



流れる空気の重さが変わって、思わず膝の上で握った拳に力が入った。



焦点を彼の表情から外して、言葉を続けようとする彼の息遣いだけを耳で聞く。



ドク、ドク、と、脈が警鐘のように身体を打ち付けている。



“あの日”のこと、ずっと聞きたかった。


貴方は何者なのか。


あの日、何をしていたのか。



知りたくて仕方がなかった。


はずなのに。






嫌だ。



こわい。



聞き、たく、ない──。








「俺は、」


「お待たせしました、レアチーズケーキセットです」



まるで謀ったようなタイミングで、店員さんの高めの男声が彼の言葉を遮った。



ハッとして顔を上げると、店員さんの面長の顔が目に映る。



細身な店員さんは、人の良さそう笑顔を浮かべて、小皿に乗ったケーキとコーヒーをテーブルに置いていく。



「ご注文は以上でお間違いないですか?」



私の前と彼の前に同じセットを置き終えて、和やかな口調で店員さんが言った。



「では、失礼します」



客の返事も聞かないままに、ひょろりと細長い体を折り曲げて一礼し、テーブルから去っていく。



その店員さんの後ろ姿を数秒見送ってから、ゆっくりと目の前のケーキセットへ視線を移した。
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