優しいスパイス
店員さんがいなくなって、また、二人の空間に緊張が走る。



──“俺は、”



店員さんのおかげで壊れた空気が、再び積み上がっていってるような気がして、膝の上で緩んでいた拳を握りしめた。



さっきの言葉の続きを、彼が話し始めてしまう。



彼の表情が視界に映らないように、必死にケーキだけを見つめる。




真実を知りたかったはずなのに、聞くのが怖い。



脈が徐々に主張を増す。










研ぎ澄まされた聴覚に、はぁ、と短い吐息が聞こえた。



ドクリ、と押し寄せた脈に胸を打たれて、反動で顔を上げる。



目に映った彼は、目の前のケーキに視線を落としていて、そっとフォークに手を添えた。



「ケーキ、食べるか……」



形の良い口からポツリと言葉を落として、スッと視線を向けられる。



思わず鼓動が跳ねて、視線をケーキに移した。



「あ、これ、美味しそう、です、ね」



何かを紛らわせるように無理やり口から言葉を吐く。



「ああ」



低く短く響いた彼の声が、なんだか優しく感じて、一瞬にして空気が和らいだ。



食べろ、ってことでいいんだよね?


話の続きは流れたってことだよね?




ゆっくりとフォークに手をつけて持ち上げる。



ケーキにそっと当てると、フワリと沈んで切れた。



それを刃先に刺して、口の中に入れた瞬間に、ジュワッと溶けて甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がる。



「美味しい……!」



思わず呟くと、「よかった」と低い声が返ってきた。



「このチーズケーキとショートケーキが、この店で一番美味いから」



そう言った彼に目をやると、彼はいつもの無表情のまま、フォークですくったケーキを口に入れた。



ぴったりと閉じた薄い唇の奥で、含んだケーキの味をゆっくり味わっているのがわかる。



このケーキが本当に好きなんだろうな。



こんなに美味しいケーキは、私も初めて食べた。



彼は甘いものが好きなのかな。


こんなにケーキの美味しいお店を見つけるぐらい、ケーキが好きなのかな。


すごく意外。



そんなことを思って、思わずフッと笑みが漏れた。
< 109 / 155 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop