優しいスパイス
――――……



ケーキはあっという間に食べ終わってしまった。



フォークを置いて、コーヒーカップに手を延ばす。



それを掴んで持ち上げると、並々と注がれたコーヒーが緩やかに波打った。



会話のない、静かな空間。



カップを口につけると、香ばしく温かな香りが鼻腔に広がる。



そっとカップ越しに視線を上げると、同じようにカップを口につける伏し目がちな彼の姿が目に映った。



すぐに視線を彼から外して、ゆっくりとカップを傾ける。



口の中に注がれる温度が、芯を溶かしてくれるようで、なんだか心地いい。



時間が止まってしまえばいいのに。



ふと、そんなことを思って、もう一度彼を見た。



彼は相変わらずカップを口につけたまま、ランタンの光を眺めている。



薄くオレンジ色に照らされた無表情。微動だにしない。



その姿を目に捉えたまま、カップを傾け残りのコーヒーを全て口に流し込んだ。



ふぅ、と小さく息を吐いて、空になったカップに視線を移す。と、ほぼ同時に、コト、と向かいからカップを置く音。



視線を向けると、ソーサーに置かれた彼のカップは空だった。



ハッとして、顔を上げる。



彼は、いつもの無表情のまま、その優しい色を浮かべた切れ長の瞳を私に向けた。



トクンと脈が鳴る。



やっぱりそうだ。


彼は、もうだいぶ前に飲み終わっていたんだ。


私が飲み終わるの待っていてくれたんだ。



じわり、と、さっき飲み干したコーヒーが喉の奥を温める。



「あの、ありが──」


「ありがとうございます。お会計はコチラになります」



私のお礼を遮るように、真隣から高めの男声が割り込んだ。
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