優しいスパイス
カップを置いて目を向けると、ひょろりとした面長の店員さんが、いつのまにかテーブルの横に立っている。



店員さんは笑顔のまま領収書をテーブルに置いた。



見覚えのある、人の良さそうな笑顔。


注文したケーキセットを持ってきてくれた店員さんだ。



いつからそこにいたんだろう。



「お会計はレジの方になっておりますので……」



そう言って、私の向かいに座る彼に視線を向ける店員さん。



あぁ、と短い声が聞こえた。



「……悪い、ここで待ってて」



低い声に目を向けると、彼がテーブルの上の領主書を手にとって、スッと立ち上がった。



店員さんはひょろりと細身な体を一礼させて、彼をレジへと連れて行く。



「えっ、あ、」



取り残される罪悪感に思わず立ち上がったけれど、どうしたらいいのかわからずに、もう一度座り直した。



肺に溜まっていた息を吐いて、テーブルの上に置かれたままの空のケーキ皿とカップに視線を落とす。



奢ってもらう時って、どんな風に待つものなんだろう。



本当に奢ってもらって良かったのかな。



もう一度息を吐いて、目の前の空のカップに右手の指を添えた。



まだ、温かい。ほんのりと温度が指先に伝わる。



ふと、気になって、左手を延ばして彼のカップに手を添えてみた。



当てた指先に感じるのは、本来の陶器の冷たさ。



憶測が確信に変わって、ふ、と思わず頬の奥が緩む。



添えていた左手を引っ込めて自分の飲んでいたカップを両手で包み込むと、じんわりと温かい温度が手のひらに広がった。



やっぱり彼は優しい人だ。



絶対優しい人。



胸の奥がフワフワした柔らかな何かに包まれて、心地いい。



温かい。
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