優しいスパイス




「待たせた」



低い声が落ちてきて、ハッと両手をカップから離した。



見上げると、彼の鋭い視線と目が合って、慌ててその場で立ち上がる。



「あのっ、ごちそうさまです」



言って頭を下げると、「ああ」と低い声。



「行こうか」



低くて優しい声に、もう一度顔を上げると、彼は促すように出口へ視線を向けて歩き出した。



頷いて、彼の後ろをついていく。



そっか。このお店を出たら、また彼とはなかなか会えなくなるんだなぁ。



彼の背中を見ながらそんなことを思って、急に心臓がキュッと音を鳴らす。



少し薄暗く落ち着いた店内。


賑やかな女子会の話し声や、カップルの和やかな笑い声。


ほのかに香るコーヒーの匂い。


穏やかで優しい空気。




──まだ、もう少し居たかったな。




そう思ったと同時、無情にも先にドアにたどり着いた彼が、立ち止まってドアを引いた。



ぶわ、と生暖かな外の空気が流れ込む。



ドアを開けたまま振り返った彼の視線に促されて、慌てて駆け寄りドアを抜けた。
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