優しいスパイス
目の奥が、ジンジンと脈を打ち始める。



は、と息を吐くと、呼吸が一気に肺を圧迫して息苦しくなった。



悲しい。


辛い。


苦しい。




決壊して溢れ出た感情が、全身を覆う。




泣きそうな顔。見破られていた。



喉の奥が詰まったように痛い。



私は、泣くの?


泣くのは私じゃないでしょ。



そう思うのに。



そんな心の内とは反対に、徐々に歪み始める視界。



駄目だ。泣いちゃ駄目。



慌てて視線を下げて、掴まれたままの腕をグイッと引いた。



だけど、彼はビクとも動かないまま、掴んだ腕を離してくれない。



ジリジリと目頭が熱くなって、溜め込んでいる液体がゆらゆらと揺れる。



それをこぼさないように耐えているのに、湧き上がってくるのは泣くのを後押しする感情ばかり。



思い出すな。

考えるな。



何でもない。

悲しくない。





泣きたく、ない――。







「の、にっ……」







意図とは反対に、喉の奥から押し上げてくる何かで、一気に防波堤が崩れ去った。





「うぅっ……うっ……ふぅっ……」



ヒクつく肺が、声を押し上げて、出てくるのは嗚咽。



壊れてしまったら、もう、止まらない。



湧き出す感情が、全身を回って支配する。




講義室なんか行くんじゃなかった。


香恋に恋の相談するんじゃなかった。


春木先輩を好きになるんじゃなかった。




喉の奥が、苦しくて、痛い。




タイミングの悪いもので、今になってやっと、掴まれていた上腕から手が離れていく。



それをなぜか寂しく感じて、余計に涙が溢れた。



「行……か…ない……で……」



嗚咽混じりに思わず吐いていた言葉。



声はほとんど出なかったけど、彼にも聞こえてしまったのか、ポン、と頭に手が乗っかったのがわかった。



トン、と胸の奥が揺れる。



じわじわと彼の手から温度が広がって、涙腺を揺さぶった。



「うぅっ……うぅ……」



心地いい温度。



優しい空気。



もうどうして泣いているのかすらわからないまま、溢れるままに涙を流した。
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