優しいスパイス
ふぅ、と息をついて、閉まりきったドアを見つめる。



静かに動き出すエレベーターに身を任せて、焦りの余韻で大きく脈打つ鼓動の音を聞いた。



見つからずに済んだ。



そう実感していくにつれて、打ち付ける脈が落ち着いていく。



きっと香恋は必死に私を探してくれている。



思わず逃げてしまってごめん。


でも、今は会えない。


会いたくない。




――ブブーッブブーッブブーッ



「っ……」



スマホの振動音が、静かな空間に反響した。



恐る恐る鞄に手を入れると、予想通り私のスマホが震えている。



わかる。たぶん、香恋からの電話だ。



鞄の中でスマホの画面を見ると、『阿木香恋』という文字。



それを目にした瞬間、やっと落ち着きかけていた鼓動がドクドクと騒ぎ出した。




どうしよう。



出なかったら香恋を不安にさせてしまうけど。でも何を話せばいい?


香恋に何て言えばいい?




考えている間もスマホは震え続けている。



バイブの音が焦燥感を煽ってくる。



ドクドクと脈が嫌な音を立てる。



香恋、ごめん。


今は、ごめん。



香恋と冷静に話せる自信がない私は、震える指で電源ボタンを長押しした。

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