優しいスパイス
――――――……



「ただいまー」



家に帰ると、電気も付いていない真っ暗闇が私を迎えてくれた。



パチン、と電気をつけて、ソファーの横の定位置に鞄を置く。



ダイニングテーブルに置かれた、色とりどりのおかずとご飯は、ラップを被されたまま二人分あった。





私の家族は父子家庭。



母親は私が小さい頃に病気で亡くなったらしく、物心ついた時にはもう、父ひとり子ひとりの生活だった。



お父さんは少し名の知れた科学者。


大学で講師をしたり、企業から依頼を受けたりしながらも、ほとんどは家の一番端の部屋――研究部屋にこもって研究に明け暮れている。



寝食を忘れて研究に没頭するから、思春期の頃は、寂しいと思うことが多かった。



だけど、大人になった今は、ちゃんとわかる。



父子家庭なのに、普通以上に良い生活ができているのは、そんなお父さんのおかげ。



お父さんが有能な科学者である証。



昔は嫌いだった、この無駄に広い家も。


こうやってご飯を作っておいてくれる、家政婦さんがいるのも。



全部、お父さんが研究を頑張ってくれているおかげだ。



母親がいなくても、家政婦の青木さんが全部の家事をしてくれるし、私もいくらか家事ができるから、不自由に感じたことはない。



私にとっては青木さんが母親だ。



ただ、就業時間の七時を過ぎると帰ってしまうけれど。





リビングから廊下を覗くと、やはり電気は消えていた。



パチ、と電気をつけて、長い廊下の端にあるドアを見つめる。




青木さんはお父さんとの契約で、研究部屋には一歩たりとも踏み入ることができない。



だからお父さんはきっと今も、料理が既に用意されていることにも、青木さんが就業時間を過ぎて帰ったことにも気付かずに研究をしているんだろう。



ふとリビングの柱時計に目をやると、夜の九時前。



父を呼びに行こうと、父が籠っている研究部屋へ向かった。
< 18 / 155 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop