優しいスパイス
どうしよう。
思わず正座して、両手でスマホを持つ。
震える指でロックを解いてホーム画面を開くと、不在着信が二十五件と、メッセージが百を超えていた。
ドクドクと脈が耳の奥で波打っている。
確かめるまでもなく、不在着信は全部香恋からだろう。
浅い呼吸を続けながら、意を決してメッセージアプリを開くと、同じ学部の友達からが一つ。
それ以外は全部香恋からだった。
『ごめんね』
『今どこにいるの?』
『私は春木先輩より紫映の方が大事だから』
『ちゃんと話したい』
『紫映、ちゃんと家に帰った?』
『今どこ?』
『変な気起こしたりしてないよね?』
『お願い、心配だから連絡ちょうだい』
最初は謝罪や弁解のメッセージばかりだったのが、後の方になると心配のメッセージに変わっている。
不安の上に罪悪感まで乗っかって、さらに心臓が重くなった。
どうしよう。
何て返そう。
頭の中で思考を回しながら、震える指を画面に当てる。
充電が切れて気付かなかったことにする?
ううん、嘘っぽくてバレバレだ。
怒ってるフリをする?
いや、そんなのしたくない。
数秒考えた後、一番無難だと思った文章をゆっくりと画面に打ち込んだ。
『連絡できなくてごめんね。大丈夫。また明日話そう』
これでいいかな、と何度もその文を読み返して、細かく震える息を吐いた。
一瞬息を止めて、送信ボタンを押す。
送り出されたメッセージは、すぐに既読の印がつき、またブブッとスマホが振動した。
『紫映! 生きてて良かった! わかった、また明日ね』
香恋から届いたメッセージは、怒っているでもなく、弁解をしてくるわけでもなく、納得だけの返事。
それを読んで、何とも言い知れない脱力感と安堵に息をついた。
正座していた足を崩して、そっとスマホを鞄に入れ直す。
明日必要になる教科書や資料を鞄に詰め込みながら、明日香恋とどう話そうかと頭を悩ませた。
どんな顔をして会えばいいんだろう。
春木先輩が香恋に告白していた。
そんな場面を見てしまった後で、私は香恋の前で平然とした顔を保ったままでいられるんだろうか。
はぁ、とため息をつくと、オレンジ色に照らされた幻想的な二人の姿が、脳裏をかすめた。
二人は両想いなんだから、もう、私の出る幕はない。
私は、失恋したんだ――。
ゆっくりとその現実を受け止めて、最後の教科書を鞄に入れた。
何も迷うことはない。
中学の時と同じ。
香恋と春木先輩が付き合えるように、後押しすればいいんだ。
親友と好きな人が幸せになる未来を、願えばいい。
中学生の頃一度経験した痛みは、もう麻痺したかのようにそれほど苦しくはない気がした。
思わず正座して、両手でスマホを持つ。
震える指でロックを解いてホーム画面を開くと、不在着信が二十五件と、メッセージが百を超えていた。
ドクドクと脈が耳の奥で波打っている。
確かめるまでもなく、不在着信は全部香恋からだろう。
浅い呼吸を続けながら、意を決してメッセージアプリを開くと、同じ学部の友達からが一つ。
それ以外は全部香恋からだった。
『ごめんね』
『今どこにいるの?』
『私は春木先輩より紫映の方が大事だから』
『ちゃんと話したい』
『紫映、ちゃんと家に帰った?』
『今どこ?』
『変な気起こしたりしてないよね?』
『お願い、心配だから連絡ちょうだい』
最初は謝罪や弁解のメッセージばかりだったのが、後の方になると心配のメッセージに変わっている。
不安の上に罪悪感まで乗っかって、さらに心臓が重くなった。
どうしよう。
何て返そう。
頭の中で思考を回しながら、震える指を画面に当てる。
充電が切れて気付かなかったことにする?
ううん、嘘っぽくてバレバレだ。
怒ってるフリをする?
いや、そんなのしたくない。
数秒考えた後、一番無難だと思った文章をゆっくりと画面に打ち込んだ。
『連絡できなくてごめんね。大丈夫。また明日話そう』
これでいいかな、と何度もその文を読み返して、細かく震える息を吐いた。
一瞬息を止めて、送信ボタンを押す。
送り出されたメッセージは、すぐに既読の印がつき、またブブッとスマホが振動した。
『紫映! 生きてて良かった! わかった、また明日ね』
香恋から届いたメッセージは、怒っているでもなく、弁解をしてくるわけでもなく、納得だけの返事。
それを読んで、何とも言い知れない脱力感と安堵に息をついた。
正座していた足を崩して、そっとスマホを鞄に入れ直す。
明日必要になる教科書や資料を鞄に詰め込みながら、明日香恋とどう話そうかと頭を悩ませた。
どんな顔をして会えばいいんだろう。
春木先輩が香恋に告白していた。
そんな場面を見てしまった後で、私は香恋の前で平然とした顔を保ったままでいられるんだろうか。
はぁ、とため息をつくと、オレンジ色に照らされた幻想的な二人の姿が、脳裏をかすめた。
二人は両想いなんだから、もう、私の出る幕はない。
私は、失恋したんだ――。
ゆっくりとその現実を受け止めて、最後の教科書を鞄に入れた。
何も迷うことはない。
中学の時と同じ。
香恋と春木先輩が付き合えるように、後押しすればいいんだ。
親友と好きな人が幸せになる未来を、願えばいい。
中学生の頃一度経験した痛みは、もう麻痺したかのようにそれほど苦しくはない気がした。