優しいスパイス
鋭い風が頬に当たるのを感じながら、廊下を一目散に走る。



どこに向かって走ってるのかなんて、わからない。



視界の端にちらりと映った窓が濡れている。



さっきまで綺麗な夕焼けだったのに、雨。

梅雨だもんなぁ。なんて。



走りながら、そんなことを思う心の余裕が、まだ私にはあるらしい。




春木先輩と出会った日は、雲ひとつない晴天で、桜のピンクが空の青によく映えていた。




一年二ヶ月前。
この大学の入学式の日。



サークルを装った宗教勧誘に捕まった、私と香恋を助けてくれた、春木先輩。



その笑顔が、初恋の人とそっくりで。



一瞬で恋に落ちた。




そうして誘われるままに、香恋と天文研究サークルに入って、一年二ヶ月。



サークルで春木先輩と関わるうちに、どんどん気持ちは大きくなって。



自分から話しかける度胸もないくせに、香恋に応援してもらって。







だから、全然気づかなかった。






春木先輩が香恋を好きなことも。


香恋が春木先輩を好きなことも。




何も知らずに、私はのうのうと恋をしていた。





“もしかして紫映、春木先輩のこと好きなの?”


“嬉しい! やっと新しい恋に踏み出せたんだね! 応援する!”





私の恋心に気付いて、そう言って嬉しそうに笑った香恋の顔が脳裏に浮かぶ。




香恋は、いつから春木先輩のことが好きになっていたんだろう。


どんな思いをさせてきたんだろう。




――す、き、です。でも、付き合えません




私のせいで。



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