優しいスパイス
「しーえ!」



窓の外を見ていた視界に、香恋の整った顔が割り込んだ。



「また考え事? 何度も呼んだんだけど」



そう言って心配そうな顔を向ける香恋に、慌てて憂鬱な思考を止め、微笑む。



「ごめん、ボーッとしてた」



言うと、香恋は眉間にシワを刻んで小さく息を吐いた。



「紫映それ最近多くない? 大丈夫?」



そう言いながら、窓の外に目を向ける。



「何かあったら、何でも聞くから言ってよ?」



香恋の声が穏やかに鼓膜を揺する。



一瞬、“あの人”のことを言ってしまおうかと息を吸って。


辞めた。



音もなく吐き出した息が、窓に当たる。




彼のことは誰にも話せない。



まだ、悪い人だと決まったわけではないし、会えないと決まったわけでもない。



お父さんは何か盗られたことにも気付いていないようだし、本当にあれが現実だったのかすら――。


私は確信が持てない。





「……ねぇ紫映」



ポツリ、と。香恋が窓の外を眺めながら言った。



「綾月くんってさ……」



ギリギリ聞き取れるぐらいの声で、独り言のように呟く。




「ん?」




なんだか思わしげな声に耳を傾けると、ハッとしたように香恋の肩が揺れた。




「……あ、いや……。なんでもないっ!」


「え?」



ニコリと私に振り向いてポニーテールを揺らす。



「そうそう、今年の夏合宿の日程決めるから予定聞きにきたんだった」



香恋は、何事もなかったかのように明るく言って、スケジュール帳を確認し始めた。



「ついでにさ、二人で遊ぶ日も予定合わせちゃお!」


「あ、うん」



不自然なまでに大げさな素振りで行きたい場所を語る香恋。



様子をうかがってみるけど、もうさっきの言葉の続きを言いそうにはなかった。




綾月のこと、何を言いかけたんだろう。



まだ、私が春木先輩を好きで、綾月のことは好きじゃない、と疑っているんだろうか。



ダブルデートでは二人で水族館を満喫し、後日二人で遊園地に行ったことも話すと、香恋の疑いは晴れたように見えたんだけど。



それとも、他に何か気になることがあるんだろうか。



そんなことを考えていると、香恋が私の予定を聞いてきたので、思考を止めてスケジュール帳を出した。
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