拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 しだいに意識が覚醒していく中で私は重大な事に気がついた。
 
 昨夜、優斗君に抱かれた事が、全て夢の中の出来事だったことを ーー。

 ......そっかぁ、夢の中なら初めての痛みは感じなくて当然......。

 彼の温もりも、優しさも、優斗君の全てが幻想だった事に。夢の中では感じなかった鈍い痛みが私の胸を貫いた......。

 「牧村さん?」

 ーー 戸川さん。
 
 夢の中で優斗君として私を抱いていた......。

 「牧村さん?どうしました??」
 
 「あっ......!すみません......っ」
  
 「まだちょっと熱っぽいですか?」

 戸川さんは表情を曇らせて、私の体調を心配してくれた。

 そうだった。思い出した......。
  
 昨日、戸川さんとカフェに行って、そこで私は具合が悪くなって......。
 
 戸川さんとタクシーに一緒に乗ったところまでは覚えているけど、その後の記憶が無い。

 今は一体、どういう状況なんだろう ーー!?
 
 私は、恐る恐る戸川さんに聞いた。

 「お気遣い頂いてありがとうございます。すみません、ご迷惑をおかけしてばかりで......。あの......、戸川さん。昨日は、あの後......??」
 
 「やっぱり、体調が悪かったから意識が曖昧だったんですね」

 彼は、冷静に事の顛末を話してくれた。
 
 「熱があるみたいで苦しそうだったから。昨日、あれからタクシーで近くの病院に向かいましたが、週末の救急外来は待ち時間がかなり長くなるって受付で言われて......。早く横になった方がいいと思ったけど、牧村さん、意識が朦朧としてて自宅の場所も聞くに聞けない状態で......。それで、申し訳ないですが俺のマンションに来てもらったんです」

 看病させた挙句、出会ったばかりの男の人の部屋に泊まるなんて、私、最低。 
 「そうだったんですか......。とんでもないご迷惑をおかけして、本当にすみません......っ!!」

 これが世間で言う”お泊まり”ではないにしても、男の人の家に泊まったのなんて初めて。
 
 ここが、戸川さんの部屋。

 随分広い部屋だなぁ......。

 私の部屋の三倍は有ろうかという面積の室内には、私が寝ていたダブルベッドと背の高い観葉植物、それにベッドから正面の位置にアクアリウムが設置されていた。
 
 そっか。私の寝ぼけ眼に映った戸川さんの背中は、きっと、あの熱帯魚達に餌をあげていたんだ。
 
 「ニモが居る......」
 
 水面を照らすLEDライトの光が細い線になって、後光のように真っ直ぐに水中へ注いでいた。

 閑静な水槽の中をオレンジ色と白のストライプ模様が特徴的な、愛らしい熱帯魚がゆらゆらと浮遊している。
 
 「ニモ?ああ!”クラウンアネモネフィッシュ”ですね」

 戸川さんはCGアニメの主人公になった、その魚の名前を教えてくれた。

 「戸川さんは、やっぱり。アクアリウムが好きで、うちの会社に就職したんですか?」

 戸川さんと私が就職した株式会社『GEED』は、熱帯魚器具の販売を行う大手商社だ。

 「熱帯魚は確かに、かわいいと思いますけど。これは、あの......、ここの大家さんの趣味で」
 
 「そうなんですか。それにしても.......、すごく広い部屋ですね!」
 
 私が関心を寄せると、彼は苦笑いを浮かべた。
 
 「ああ......、そうですかね......」


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