拘束時間   〜 追憶の絆 〜
今日も新人研修。
 
社会人になって一ヶ月足らず。満員電車に揺られる日々が始まった。

女性専用車両に座り、ぼんやりと車内の広告を眺めながら、ふと考える。もし、優斗君が生きていたら今頃、彼と私はどうなっていたんだろう......?
 
どうせ子供心のことだ、どうにもなっていない。ううん、私は優斗君のことが好きだった。だから、恋人同士になっていたかもしれない。
 
だって、私が優斗君を好きになるきっかけは、彼自身が私にプレゼントしてくれたんだから ーー。

忘れられない。幼い彼が私に告げた、あの言葉。

「かわいい」

「沙綾って、かわいいよな......」

クラス一、無口だった彼の精一杯の告白。

その、あまりにも純真な気持ちが、ずっと私の恋心を捉えて離さない。

私はもう、22歳だというのに。10歳の男の子に未だに恋してる ーー。

......伝えたい。優斗君に、”好きだよ”って。

 
始発の電車を乗り継いで、7時半に会社へ着いた。課内の朝の清掃と給湯器の準備は新人の仕事。
 
「あれ。なんで??全部終わってる......」
 
私のやるべき仕事が全て片付いてる。私より誰がこんなに朝早く出勤してるんだろう??

不思議に思ってオフィスを見回すと。一番奥の席に一人、ノートパソコンとにらめっこしている若い男性の姿が目に入った。
 
ーー きっと彼が、掃除と給湯器の準備をしてくれたんだろう。

私は、お礼を言おうと彼のデスクへ向かった。
 
「あの......。おはようございます。すみません、掃除と給湯器の準備をしてくださったのって......」
 
「おはようございます。ああ、随分早く会社に着いたので......、時間があったから」
 
その男性は、私の仕事を肩代わりしたことを全く持って気にも留めていない様子で。実に、サラりと返事をかえした。
 
「すみません......。ありがとうございます」
 
代わりに仕事をさせてしまったことが申し訳なくて、私が小さくなって謝ると彼は、
 
「いえいえ、全然気にしないでください。むしろすみません、勝手に......」
と、逆に彼の方が私に気を使って謝ってきた。

”優しい人なんだなぁ”と、思った ーー。

この課の机に座って仕事をしているということは、見た目の年齢的に彼は私の同僚か、もしくは後輩。いや、先輩かもしれない。どちらにせよ二課の社員ということには間違いないだろう。
 
「いえ、本当にありがとうございます。私、牧村沙綾です。......今日から、この課に配属ですか?」
 
私が彼に真相を尋ねると、
 
「あっ、すみませんっ!こちらから自己紹介もせずに......」

彼は慌てた様子で私に自己紹介してくれた。
 
「戸川優斗です。本日付けで三課から移動してきました。宜しくお願いします」


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