拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 私は低くて落ち着いた彼の声を聴き、眼差しを向けた。

 「好きだよ、沙綾。大好きだ......」

 彼のまっすぐに私を見つめる瞳は艶やかに揺れていた。

 そんな彼の瞳を私は黙ったまま、虹彩の奥まで覗き込む。

 彼は僅かに口元を緩ませ、下まぶたを膨らませて瞳に弧を描くと私の上唇に柔らかくキスをした。

 音もなく、動きもない、ひっそりとしたキスだった。そして、そんなキスをくれた彼の表情は、どこか切ない。

 「おやすみ......」

 そう言って彼は、私の頬を自分の胸板へ引き寄せると腕いっぱいに私を包み込んで目を閉じた。

 ”俺の目を見て”彼がそう言った時、きっと彼は私の気持ちを確かめたんだ.....。
 
 彼に”好きだよ、大好きだ。”と、言われた時も私は黙ったままだった。

 きっと、彼は確信が持てなかったのだろう。

 あのまま先に進んで行って、いずれ私が彼の行為を拒否するかもしれないと感じたのだろう。

 私の方から彼を求めるような素振りをほんの少しでも見せていれば......。

 しかし、結局。私は彼に先へ進むようにと、自分から働きかけることはしなかった。

 分かってる。

 彼に過酷なことをさせているのは。

 彼は毎晩。理性を限界まで駆使して自らの本能と戦っているのだろう。

 それでも。今はまだ、彼の優しさに甘えさせてほしい。

 やがて、古傷が完治して、私自身が彼を求め出す時まで.......。

 もう少し、あと少しだけ。

 そう思いながら、随分と時間が過ぎていた......。

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