拘束時間   〜 追憶の絆 〜
 彼は血相を変えて、慌てて私を追って来た。

 私は彼に追いつかれる......というより、捕まる前に。エレベーターへ滑り込んで逃げた。

 独りになり。完全に、彼の声も姿も目の前から消えたというのに。私が今いるこの場所は、とてつもなく甘い牢獄だった。

 さっきこの場所で。私は、もう名前も呼べなくなってしまった、あの男(ひと)に抱きしめられた ーー。

 そして。その男(ひと)は、私に溶けるようなキスをくれた......。

 動き出したエレベーターの中では、もう逃げる事はできず。戻らない、甘い記憶が私の胸を残酷に支配した。

 どんなに恋しくても。あの温もりは今、過去になった。

 そんな事とは無関係なエレベーターは、するすると下へ降りて行き外界が近づいてきた。

 自分から部屋を飛び出してきたのに、高層マンションの階段からエレベーターより先に下に着くなんて不可能なのに、それでも私はシースルーエレベーターの外に広がる街の情景の中に彼の姿を探した。

 彼に会いたい。けど、会いたくない。

 不安定な情緒をどうにかして落ち着かせたい。

 気を紛らわせようとして、私はマンションの下層に展開されているショッピングモールをなんの目的もなくフラフラと彷徨った。

 衝動的に彼の前から姿を消して、どれくらい時間が経ったのか分からない。

 着の身着のままで出てきてしまったから、何も持っていない。

 財布もスマホも置いてきてしまった。

 彼は私をエレベーターまで追いかけてきて、その後どうしたんだろう......?

 ーー 今、部屋に戻ったら彼と会うだろうか?

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