愛人
そのまま徒歩で通勤している途中で、私は交通事故で死んだ。
私は目を閉じて、最期の瞬間を思い浮かべた。大勢の人混みの中で信号を待つ私。人混みの中で嗅ぎ慣れた匂いがして、辺りを見渡す。次の瞬間、誰かに背中を押されて体が車道に傾き始める。私に迫って来るのはクラックションを鳴らすトラック。轢かれる寸前に見たのは、私を見て驚愕する人達の中で、一人笑っている女の姿だった。その後に襲ってきた強い衝撃に、私は意識を手放した。
…このスーツも着心地が悪い訳だ。自分を殺した相手が仕立てた服を身に纏っていたのだから。
私が女の目の前に現れているのも、未練ではなく、恨んで現れているのだ。
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