【短編】マイ・ファニー・バレンタイン・デイ
「お前、中村だろ」


廊下の一番端の、階段をひとつ下がった踊り場で聞いたその言葉はあたしの声だったけどあたしじゃなかった。


あたし、こんなしゃべり方じゃない。


「……誰?」


頭の中で必死に否定してきた『あの映画』がいよいよ現実味を帯びてきた。

長い夢なら、これも楽しいけど、


もし夢じゃなかったら?


そんなドキドキを落ち着かせる余裕なんかなく、目の前のあたしが答えた。


「二宮、だよ。さっき訳してたとこ見て入れ替わってるって確信した。そうなんだろ?」


睨むような目が、少し不安そうに揺れてた。


「うん……、そうみたいだね」


言葉にしたら、その不安そうな目の意味がわかった気がした。


なんでこうなっちゃったんだろうとか、


どうやったら戻れるんだろうとか、


そういう気持ち。
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