蚤の心臓
私もまた色々と問題の多い人間だ。
彼とは対照的にとても部屋が雑然としていてハッキリと言えばもう汚部屋、ゴミ屋敷、そんな不衛生などうしようもない部屋に1人で暮らしてきた。
寂しさをゴミで埋める癖が幼い頃から抜けなかった。
衝動買いした商品は箱を開けないどころか袋からも出さずにどこかに放置。手に持っているものを元の場所に戻すとかゴミ箱に入れるとかそういう発想もなくその場で床に落とす。
とにかく片付けようと思うことが難しくて、掃除をしようと決断をしたとしてもそれがひどくストレスだった。整頓された部屋にはいつだって眩暈がした。綺麗な空間にいることがどうしても嫌で、昔からアルバイトはずっと居酒屋の厨房。
幼い頃から男性に殴られ蹴られと大切にされた経験がまったくなかったせいか、その暴力から逃げるように上京して来てからも男っ気のない生活を送り続けてきた。
男性が怖くて仕方がなかった。できれば触らないでほしかった。関わらないでほしかった。こちらを見ないでほしかったし声をかけないでほしかった。
居酒屋で働いておいて言うことでもなかったのだけれど、酒に酔った男性がずっと苦手だった。
アルコールの匂いが混じる唾液を舌で塗りたくられる気持ちの悪さを今でも忘れることができずにいる。
こちらまで酔ってしまいそうなほどぼんやりと感覚を失って行く指先がとても怖くて、酔っているくせに力強く拘束してくる彼らをとても人とは思えなかった。
食われてしまう、けれど食われてたまるか。そう思いながら、ジッと息を殺して目を固く瞑ってやり過ごしてきた幼少期だ。
朝起きる頃には身体中に塗りたくられた唾液が乾燥してパリパリと不愉快な感触が全身を包んでいて、自分の身体にしみついた嫌な男の匂いで朝食は喉を通らなかった。
大切にしてほしかった。そう言うと「優しく」舐められた。「優しく」抱き締められて「優しく」髪をなでられた。そのすべてが気持ち悪かった。
違うんだよ、本当に大切だと思ってくれるのなら触らないでほしい、穢さないでほしい、あなたの匂いを付けないでほしい。
どんな男性が目の前にいたって誰もが誰かと重なって見えて、その都度吐き気がした。
だから、私は犀麦を好きになった。絶対に私に手を出せない彼の理由を知っていた。
ああ都合が良いな、丁度良いな。最初はその程度。あと、顔が格好良いなとか服装が好みだなとか。声や話し方や目つきやご飯の食べ方とか小さなことが少しずつ後付けとしてついてきて、そうして好きが完成した。その頃には私は彼の彼女だった。
彼が酷くお酒を飲む男性だと知ったのは付き合ってしばらく経ってからだったし、目を瞑ろうと思った。飲まないでなんて彼の楽しみに口を出すことができなかった。
私がストレスになっているのかもしれないとか、そこまで言う権利が自分にはないのだとか、私はわきまえていた。自分の都合を押し付けて嫌われたくもなかった。私さえ我慢すれば良かった。彼がのびのびと過ごせればそれで良かった。
好きな人のためならなんだって犠牲にできる。私は彼が「大切」だから、彼に手を加えはしない、彼に何も求めない。ただ彼が存在しているだけで嬉しい。彼が生き残ってくれたことがとても嬉しい。だから、そのままで何も不満なんてなかった。大好きだった。切実に、ただ、一途だった。
彼とは対照的にとても部屋が雑然としていてハッキリと言えばもう汚部屋、ゴミ屋敷、そんな不衛生などうしようもない部屋に1人で暮らしてきた。
寂しさをゴミで埋める癖が幼い頃から抜けなかった。
衝動買いした商品は箱を開けないどころか袋からも出さずにどこかに放置。手に持っているものを元の場所に戻すとかゴミ箱に入れるとかそういう発想もなくその場で床に落とす。
とにかく片付けようと思うことが難しくて、掃除をしようと決断をしたとしてもそれがひどくストレスだった。整頓された部屋にはいつだって眩暈がした。綺麗な空間にいることがどうしても嫌で、昔からアルバイトはずっと居酒屋の厨房。
幼い頃から男性に殴られ蹴られと大切にされた経験がまったくなかったせいか、その暴力から逃げるように上京して来てからも男っ気のない生活を送り続けてきた。
男性が怖くて仕方がなかった。できれば触らないでほしかった。関わらないでほしかった。こちらを見ないでほしかったし声をかけないでほしかった。
居酒屋で働いておいて言うことでもなかったのだけれど、酒に酔った男性がずっと苦手だった。
アルコールの匂いが混じる唾液を舌で塗りたくられる気持ちの悪さを今でも忘れることができずにいる。
こちらまで酔ってしまいそうなほどぼんやりと感覚を失って行く指先がとても怖くて、酔っているくせに力強く拘束してくる彼らをとても人とは思えなかった。
食われてしまう、けれど食われてたまるか。そう思いながら、ジッと息を殺して目を固く瞑ってやり過ごしてきた幼少期だ。
朝起きる頃には身体中に塗りたくられた唾液が乾燥してパリパリと不愉快な感触が全身を包んでいて、自分の身体にしみついた嫌な男の匂いで朝食は喉を通らなかった。
大切にしてほしかった。そう言うと「優しく」舐められた。「優しく」抱き締められて「優しく」髪をなでられた。そのすべてが気持ち悪かった。
違うんだよ、本当に大切だと思ってくれるのなら触らないでほしい、穢さないでほしい、あなたの匂いを付けないでほしい。
どんな男性が目の前にいたって誰もが誰かと重なって見えて、その都度吐き気がした。
だから、私は犀麦を好きになった。絶対に私に手を出せない彼の理由を知っていた。
ああ都合が良いな、丁度良いな。最初はその程度。あと、顔が格好良いなとか服装が好みだなとか。声や話し方や目つきやご飯の食べ方とか小さなことが少しずつ後付けとしてついてきて、そうして好きが完成した。その頃には私は彼の彼女だった。
彼が酷くお酒を飲む男性だと知ったのは付き合ってしばらく経ってからだったし、目を瞑ろうと思った。飲まないでなんて彼の楽しみに口を出すことができなかった。
私がストレスになっているのかもしれないとか、そこまで言う権利が自分にはないのだとか、私はわきまえていた。自分の都合を押し付けて嫌われたくもなかった。私さえ我慢すれば良かった。彼がのびのびと過ごせればそれで良かった。
好きな人のためならなんだって犠牲にできる。私は彼が「大切」だから、彼に手を加えはしない、彼に何も求めない。ただ彼が存在しているだけで嬉しい。彼が生き残ってくれたことがとても嬉しい。だから、そのままで何も不満なんてなかった。大好きだった。切実に、ただ、一途だった。