蚤の心臓
彼は28歳の誕生日にDMをくれた。
「今日、ぼく誕生日なんですが。良かったらご飯行きませんか」
いずれ会いたいとは思っていたし、いい機会だと思った。
私たちは吉祥寺のルミネ前で落ち合って、そこから近くの箱ビルにある安い居酒屋に入った。
ボックス席に座ってようやくはじめましてとお互いに頭を下げて自己紹介をした。
「針生犀麦です」と名乗ってから、彼は長財布の中から角が小さく折れた名刺を取り出してチラッと私に見せた。やけに画数が多い名前に一瞬眉間に皺を寄せてしまった。
珍しい名前でしょうと言われ、そうですねと頷いた。
「出口カフカです」
私が名乗ると、犀麦は小さく首を傾げて、「カフカ?」と聞き返してきた。
一応漢字があるんですよと言って、私はテーブルの上に指を滑らせて「香深」と自分の名前を書いてみた。
ああ、字にすると意外に普通……と犀麦は頷いた。ご両親が?と言われ、私は頷いた。
「フランツ・カフカ?」
「父親が、海外文学好きなんですよ。日本のも読むんですけれど、典型的な本の虫で」
「良いじゃん、本を読む男って」
犀麦は目を細めて笑って、カフカと私の名前を呼んだ。
犀麦の名前の方が私は気になったのだけれど、彼自身自分の名前の意味なんて知らないと言った。
「気になった頃には死んでたんだよね、うち。両方ね」
頼んだ角ハイボールが届くと、彼はそれをグイと一気に半分以上も飲み干してから、そう言った。
「小さい時に亡くしたわけではないんだよ。ぼくが両親に興味を持ったのが結構遅くだったから、その頃には手遅れだったってだけの話で。全然、普通に。まあ死んでもおかしくないような年齢だったよあれは。別に」
そう取り繕うように言ったのは、きっと今までに幾度となく突っ込まれてきた話だったからなのだろう。
私はフーンと頷きながら、でもいい名前ですねと心にもないことを言ってみた。それでまた彼が笑ってくれたから、小さな嘘をついて良かったと私も報われた。
「今日、ぼく誕生日なんですが。良かったらご飯行きませんか」
いずれ会いたいとは思っていたし、いい機会だと思った。
私たちは吉祥寺のルミネ前で落ち合って、そこから近くの箱ビルにある安い居酒屋に入った。
ボックス席に座ってようやくはじめましてとお互いに頭を下げて自己紹介をした。
「針生犀麦です」と名乗ってから、彼は長財布の中から角が小さく折れた名刺を取り出してチラッと私に見せた。やけに画数が多い名前に一瞬眉間に皺を寄せてしまった。
珍しい名前でしょうと言われ、そうですねと頷いた。
「出口カフカです」
私が名乗ると、犀麦は小さく首を傾げて、「カフカ?」と聞き返してきた。
一応漢字があるんですよと言って、私はテーブルの上に指を滑らせて「香深」と自分の名前を書いてみた。
ああ、字にすると意外に普通……と犀麦は頷いた。ご両親が?と言われ、私は頷いた。
「フランツ・カフカ?」
「父親が、海外文学好きなんですよ。日本のも読むんですけれど、典型的な本の虫で」
「良いじゃん、本を読む男って」
犀麦は目を細めて笑って、カフカと私の名前を呼んだ。
犀麦の名前の方が私は気になったのだけれど、彼自身自分の名前の意味なんて知らないと言った。
「気になった頃には死んでたんだよね、うち。両方ね」
頼んだ角ハイボールが届くと、彼はそれをグイと一気に半分以上も飲み干してから、そう言った。
「小さい時に亡くしたわけではないんだよ。ぼくが両親に興味を持ったのが結構遅くだったから、その頃には手遅れだったってだけの話で。全然、普通に。まあ死んでもおかしくないような年齢だったよあれは。別に」
そう取り繕うように言ったのは、きっと今までに幾度となく突っ込まれてきた話だったからなのだろう。
私はフーンと頷きながら、でもいい名前ですねと心にもないことを言ってみた。それでまた彼が笑ってくれたから、小さな嘘をついて良かったと私も報われた。