蚤の心臓
その日のうちに彼の部屋に私は入っていた。
何でか分からないけれど、絶対に大丈夫だと確信を持ってしまった。もし仮に大丈夫じゃなかったとしても私はそれを苦痛に思わないように思えた。

この人が相手なら大抵のことは許せるだろうなんて思ってしまったのは間違いなく一目惚れだったからで、だから翌朝起きぬけの彼に言われた「付き合おっか」の一言は心の底から嬉しかった。

「君のその動じない感じとか、度胸あるとこ、ぼく結構好きだなって。このまま帰したら後悔しそう」

カフカちゃんともう1度名前を彼が呼んだからそれで、彼が私の名前を気に入ったのだと分かった。彼の部屋にはフランツカフカの文庫本が枕元に置かれていたし、キッチンカウンターの上にはずらりと海外文学の文庫本が並んでいた。
それを眺めていたら、君はどんな本を読むのと聞かれた。「サンテグジュペリ」と答えたら「可愛いね」と犀麦は言った。

テレビ台の上に組まれた本棚の中には、文庫本とかではなくて専門書が入れられている。
webデザインや色彩やフォントに関しての本がズラリとあるから、それでなんとなく彼の仕事が分かったような気がした。
そして、そのもう1つ上の棚には児童福祉関連の本。

「それは大学時代の。子ども関係に行くつもりだったんだよ、これでも。今でも若干諦め切れてないところあるけれど、ほら、天職ってあるじゃん。間違いなく自分には向いていないなってそういうの、さすがに大学生の内に気付いちゃった。ぼく、性格悪い女の子たちと違ってさ、優しいですアピールできないし」
「ああ、分かる。保育士志望の女の子たちのあの独特の」
「気の強さとワガママさと高慢さ。ああいう女嫌い」

彼の言葉に私は頷いた。ああいうのが同僚なんて胃に穴が開くねという言葉にも同意だった。
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