終わりで始まる進化論~第一部~
しかし、与えられた仕事はきちんとやるべきだ。ナツキは営業スマイルを繕い、アリスの案内役として彼女を促す。
「さっきはすみませんでした。それじゃあ、俺が案内しますね。こちらです」
羽柴の部屋を出てから廊下を歩く事さえ緊張感が漂っている。
小さな少女ならば、何かしら楽しませる話題も想像できたが、少し後ろを歩く女性は年下に見えても、おそらくはナツキよりも年上の女性だ。
女の人を楽しませる会話なんて、直ぐに思い付くはずもなく出会いの気まずさもあって暫く無言の時間が続いた。
「あんたさ、何でここにいるの?羽柴が新人が入ったって連絡は寄越してきたけど、戦えるの?」
口を開いたアリスから問われたのは真っ当な質問だった。
疑うような視線を浴びると、ナツキも一瞬たじろいでしまったが、自分自身も何故羽柴がここに残しているのかは分からない。シュタールアイゼンも、もっと立派な操縦者が居るのではないかとすら思う。
ただ、ナツキは自分の中で解釈している事がある。
「俺はきっと、春日井さんや、ノアや、シノミヤみたいに一人前の戦力になれるにはまだ時間がかかると思います。羽柴さんは人質と情報が欲しかったんじゃないかと思うんです」
「どういう事?」
「俺のクラスの皆が駆除されたんですよ。シェルズ・コアに皆浸食されたから」
平然を装おうとしてみたが、やはりフラッシュバックする光景に指先は無意識に震えてしまっている。
助けを乞いながら、斬られて倒れていった人間の表情が今も鮮明に思い出される。
アリスの驚いた顔を気にしている余裕は無かったが、口調だけはどこか冷静でいるよう努めた。
ここでかっこつけた所で仕方のない話なのに。
「唯一の生き残りは俺だけで、シェルズ・コアの存在を知ってしまったし、だけど浸食もされていないから、解放するに出来ないのかな?って。でも、俺はこんな状況だけど少し感謝もしてます。どんな形であれ居場所は作って貰えましたから、後はきっと俺次第だろうなって」
「順応性ってやつね。あんたが羽柴に気に入られたのも少し納得したわ。どんな状況においても馴染んでいくのは、ある意味あんたの強みなんじゃない?普通なら……狂ってもおかしくないのよ」
「あはは。それ褒めてます?非情な人間って言われてる気がするけどなあ」
「そう言ってくる奴も居るでしょうね。けど、少なくとも、あたし達はあんたみたいな人間の集まりだわ。狂う前に感情に蓋をするの。それは、ここでやってく上で必要な事よ。覚えておきなさい」
「助言ありがとうございます。やっぱり、春日井さんはしっかりしてますよね」
「馬鹿にしてるの?当たり前でしょ」
子供に対して使う上から目線に感じたのか、アリスは不服そうに睨んできたものの、ナツキにとっては素直な感想だった。
羽柴とは違う形の上司の風格だが、彼女は彼女で東部ではきっと慕われているのだろうと想像できる。
可愛らしい見た目には大きなギャップだが、さすが大人の解答である。ナツキ自身が少し気が楽になっている気がしたからだ。