終わりで始まる進化論~第一部~
ナツキの頬に生温かな感触が伝う。涙だろうか?気づけば懐かしさに泣いていたのかもしれない。
ゆっくりと手の甲で濡れた頬を拭った。
「何だこれ!?」
それは、涙ではない。体を流れる赤い血でもない。橙と黄色の混じった卵液の様な液体が涙腺からあふれ出していた。
止めようとしても留まることを知らず流れ続ける液体は、頬を首筋を伝っていく。粘液交じりでゼリー状の透明な液体までも瞳の奥、涙の膜を押し破って流れてくる。
視界が黄色に塗り潰されていく。
皮膚に張り付いた粘液がそれらを溶かし、やがてただれてぶら下がる皮膚に真っ赤な血管が張り巡らされた鮮やかなピンク色の肉の脈打っている姿が顔を出す。
顔も水分を抜き取られ、少年の姿だった容姿などどこにもない。頬がこけ皺を作り上げ生きたミイラと化していた。
呼吸は隙間風の様に弱弱しく、筋肉が弛緩した口では上手く喋ることも出来ない。
「かあ……ひゃん。たひゅ、たひゅけ…………」
それがナツキの最期の言葉となった。ずしゃり、と体であった骨組みが崩れて白い床には鮮やかな血だまりの赤が広がっていく。
残ったのはピンポン玉か?転がったそれは、コンダクターのつま先で止まった。
彼はそれを拾い上げる。喜々とした表情を浮かべて球体を見つめた。
そう、それはピンポン玉などではない。ナツキの眼球だ。
「永遠の時間をお幸せに、ナツキ=ノースブルグ。それでは、オヤスミナサアイ」
ナツキを示す唯一最後の眼球も、容易く彼の手の中で握り潰されてしまった。