誘拐日和
「ふぅん。でもあの男は、唯には合わないと思うけどなあ。だって彼奴、唯のこと何も知らないみたいだし?」
吸いかけの煙草が、灰皿にぐしゃりと押しつけられる。どうやらヒソカは、私を咎めるつもりはないらしい。けれど代わりに吐き出した嘲りは、ぞっとするような冷たさを孕んでいた。
「僕も最初は、唯はとても綺麗で清らかで、天使か女神みたいなひとだと思ってたんだ。だから手を出すつもりはなかったよ。僕なんかが触れて、汚して良い存在じゃあないって思ってたからね」
まるでお伽噺か何かを読み聞かせるような温度で、ヒソカが語る。その度にぽつりぽつりと、私の心に染みが落ちる。
「でも違った。君を知れば知るほど、君は僕が思っていたような女の子じゃなくなっていった」
ヒソカの指先が、私の頬をするりと撫ぜる。絡み付かれるような感触に、肌がざわりと粟立った。
「清純そうな顔して、やることは結構えげつないよね」
歪めた瞳で扇情的に笑んだ、その言葉で確信した。この男は、私の過去を知っている。必死の思いで隠してきた、私の狂気を知っている。