誘拐日和
「あの男の前で、君は“善良な藤宮 唯”を演じてる。本当はそのままの自分を愛してほしくて堪らないくせに、本当の自分を見せて、彼奴から愛されなくなるのが怖いんだ」
心の奥底が暴かれる感覚に、指先が冷たくなっていく。何も言えない私に、くすり、とヒソカが嗤った。
酷く柔らかい温度で、ヒソカは私の心を抉る。
「君は僕と同類だ。僕が狂っているのなら、君だって疾うに狂っている」
「そんな……違う!」
「違わないよ。だってまともな人間は、好きな男を監禁したりしない」
ヒソカの嘲笑。よみがえるあの日の糸遊。突き付けられた、色濃く狂気を纏う過去。ぐらりぐらりと目眩がして、うまく息が出来なくなる。
「どうして……」
だってそれは、決して人に知られてはいけない秘密。
「君は閉じ込めたことがあるよね? 今の僕と同じように、好きな男を自室のクローゼットに閉じ込めたよね?」
当事者の私と彼と、そして監禁事件を揉み消した私の両親しか知らない、私の狂気。