誘拐日和
「ったく、これだから体育会系は嫌いなんだよね」
律の背後から、耳に飛び込んできたヒソカの声。はっと視線をやると、吐き出した言葉とは対照的に、口許に不気味な笑みを浮かべている。律に殴られたのだろうか、ヒソカの唇の端には血が滲んでいた。
「大丈夫。絶対連れて帰るから」
私の意識がヒソカへ向かったことが分かったのか、律は私の頭に優しく触れた。私を安心させるようにそう告げ、抱き締める腕に力が籠る。
その拍子に、両手からベッドへと繋がる鎖がじゃらりと音を立てた。私の手首に嵌められた枷を見て、律の瞳に怒りの色が滲む。
私を庇うように立ち、彼はヒソカを睨み付けた。コンクリートに囲まれた空間に、毅然とした強い声が響く。
「唯は返してもらう。誘拐なんて卑怯な真似しやがって……! 手錠の鍵はどこにある?」
「ん? ああ、これ」
ぞんざいに放られた鍵が宙を舞う。ヒソカがすんなりと鍵を渡したことに、鍵を掴んだ律は怪訝そうに眉をひそめた。律越しに私を見据え、ヒソカは肩を竦めてくすりと笑う。
「いいよ、帰って。その男とせいぜいシアワセに生きれば良い」
見下すような微笑みが、揺さぶるように私を抉る。