誘拐日和



「私ね、知ってたの。知っていて、知らない振りを続けたの」


 私の懺悔のような囁きに、背後でヒソカが肩を揺らしたのが気配で分かった。ゆっくりと彼の方へと振り返り、内緒話を打ち明ける少女のように微笑んだ。


 ヒソカがずっと私に歪んだ好意を向けていたこと。彼が私を閉じ込めようとしていること。本当はずっと前から知っていたの。


 知っていて、自分から檻へ入ったの。


 ヒソカがずっと私を影から見つめていたことに気づいていた。ヒソカから漂う、異様な狂気の匂いを肌で感じていた。


 律の誘いを断って大学に遅くまで残っていたことも、帰りに人通りのない裏道を通ったことも、全部が全部わざとだった。そうすれば、あなたは必ず私を捕まえる筈だって思ったから。


 一度、ヒソカの異常で狂おしい程の愛情を、この身で受けてみたかった。この男なら、取り繕うことを止めたありのままの私を愛せるのかを確かめたかった。



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