誘拐日和





「……分かった」


 長い長い沈黙の後、律は絞り出すようにそう告げた。


 明るいブラウンの瞳が私を射抜く。いつだって私を柔らかく見つめてくれていた眼差しには、光の籠らない、暗い失望の色が滲んでいた。


「唯の言う“重さ”が、俺には分からないけど……少なくとも俺は、本気で唯が好きだったよ」


 そう呟き、律はヒソカを押し退けてこの部屋から出ていった。走る足音が遠ざかり、空気をつんざくような静寂が満ちる。


 ――分かってるよ。あなたが“藤宮 唯”を好きでいてくれたことは、痛いほど。


 そんな律の優しさを踏みにじって、私を救おうとしてくれた手を私は自ら手放した。その事実に心がずきりと痛む。キレイな恋が出来なくても、裏切ることの罪悪感くらい私だって持っている。


 だけど律への罪悪感なんかより、この先ヒソカに愛されることへの歓喜の方がよっぽど大きいの。こんな私はやっぱり、どう頑張っても普通には生きられないんだわ。



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