誘拐日和



「――ちょっと、唯?」


 ヒソカの危うく揺れる声が、私を現実に引き戻す。慌てて見上げたヒソカの顔から、薄らとした笑みは消えていた。


 ――しまった、怒らせた。


「誰のこと考えてるの?」


 ヒソカはスプーンをお盆にぞんざいに戻して、カランと耳障りな音が鳴った。


「ねえ、唯」


 私の名前を呼び、私の頬に指先で触れて、ヒソカは喉の奥でくつりと笑う。どうしよう。彼がこうやって笑うときは怒っている。


「……ごめんなさい」


 率直に謝ると、ヒソカの甘く端整な顔が近づく。噛み付くような口づけを、瞼をきつく伏せて素直に受け入れた。



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