誘拐日和
けれど、今日はいつもとひとつだけ違っていた。
いつもは私が食べ終えると頭を撫でて部屋を出ていくヒソカが、今日は私と同じベッドに腰掛けたまま動かなかった。
徐に胸元からシガーケースのライターを取り出し、そしてそれに火をつけて。コンクリートに囲まれた密室で、紫煙が揺蕩う。ヒソカが煙草を吸うところを初めて見た。
「今日は……少し、話でもしようか」
いつでも緩やかに狂気を吐き出す唇を開き、ヒソカはゆったりと私に話しかけた。
「さっきは、あの男のこと考えてたの?」
溶けかけの氷のような声音からは感情が読めない。眇めた瞳は、夜明けを知らない闇のような色をしていた。
嘘は許さないと、その瞳が語っている。他に上手い言い訳も思い付かず、仕方なく小さく頷いた。