God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
ショパンとプリン
違う方法。
つまり、押してもだめなら、引いてみろ。
北風と太陽。
これか。
頭の中で段取りを転がしながら、まずは3時まで普通に部活に顔を出した。
楽しいはずの部活は、今や修羅場となりにけり。
途中バスケットボールが何度も何度も、何故か俺だけに向かって飛んでくる。
1度は足を取られてバランスを失って……あれはマジでヤバかった。
狙いが少し外れていたら足首をグニって、捻挫は確実だろう。
そう。はっきり俺は狙われている。
「大丈夫っすか?」と、俺を気遣ってくれるのはバレー部の1年だけ。
「今日はバスケにモテモテ?」
暢気に、いつも通りのクソボケをかます工藤は、正直ボコりたくなる。
ノリは相変わらずの不機嫌で、ボールを挟んでニアミスしようものならお互い譲り合い&奪い合い。いわゆる、お見合いを何度も繰り返した。
それを見ている後輩はこれまた気を使い、工藤は、「今日もBL?ラブラブ?」と鈍感をひけらかし、黒川だけが、「痴話ゲンカ。炎上中」と、大喜び。
時間を追うごとにノリから怒りの様子は消えていくようにも見えるのだが、ここまで長引くと、今さらの気恥しさで、謝るとか笑ってみるとか、どれを取っても拷問に等しい。
3時になり、「ちょっと抜ける。用事があるから」と、俺が言うのを受けて、「洋士は、よーじだってさ」と、ノリがぼんやりボケてくれたらしいのだが、その時の俺はこれからの事に頭が一杯で上手く突っ込めず、打ち解ける機会を失ってしまった。
俺がツマんないせいで、また1つ、仲直りのキッカケを見送って……どれだけヤリ合っても、夕方には、うまい棒を齧りながらコロコロと笑い合ったガキの頃が懐かしい。
そんな昔を思い出しながら、1度生徒会に立ち寄り、謎の差し入れを携え、約束の時間に遅れそうだと、上からジャージを羽織っただけの薄ら寒い格好で小走りに向かった。
茶道部。
そこは畳を敷いて和室に見立てた、部屋の一角。
エアコンが利いて、なかなか暖かい。
右川が1人でいた。
浴衣姿。紺色に青と水色のグラデーションが、やけに清楚に映る。
「遅っせーよ」
第一声は、そんな艶姿に不似合いの口の悪さから始まった。
大和撫子、早くも失格。
「茶道部は、部活これから?」
「さっき終わって、先生も帰ったばっかり」
その割には、すっかり片付いている。
右川は、いくつかの横長のテーブルを、端から布拭きしていた。
「こんなテーブルなんて、何に使うの」
茶道だから、畳さえあればと思う。
「何って、お菓子置いたり、琴浦さんが荷物置いたりだよ」
「コトウラさん?」
「お茶の先生。よそから来てるんだけど。知らないの?生徒会のくせに」
こう言う時、思うのだ。
何故、生徒会は何から何まで知っていて当然と、思われてしまうのか。
そして、右川は何がしたいのか。
見ていると、拭き終った横幅2メートルはあるテーブルを、まずは両手で掴み、そこからまるでダンベルを持ち上げる選手のように、「うむむ」と両腕に力を込めてプルプルと震え、そのまま10秒が経過。
次にそのテーブルを突き飛ばす勢いで、「うりゃあっ!」と向こう側に押し倒したかと思うと、非力な握り拳で、ゴチンゴチンと不器用にその脚を折り畳む。
それだけの事に、命がけ。これだけの物音。ムダな時間と労力。
何もしない訳にもいかない。
「手伝えって言えばいいだろ」
つい飛び出してしまった。
こんなの俺1人で充分なのだが、そう言って甘やかす訳にもいかないと、成り行き上、右川と一緒になってテーブルを片付ける。
全てのテーブルを畳み、端に重ねて仕舞う事にも手を貸してやった。
それなのに、ありがとうすら無い。山下さんにチクるぞ。
それより阿木が来ない。
15分が過ぎた。3時の約束。右川と最後の話し合い。
……まさか。
「あのさ」
「気安く近寄んないで。まだ許した訳じゃないんだからね」
「手伝ってやったんだからいいだろ。てゆうか、俺が来ること知ってた?」
「てゆうか、あんたがいつかの事を謝りたいって言うから、待ってたけど」
「え?阿木が、そう言ったの?」
「あんたがアギングに言ったんでしょ!」
誘い出す口実。それすらも俺がへりくだって出なければならないのか。
右川は長い紐(おそらく帯)を畳にまっすぐ置いて、
「この線をちょっとでも越えたらアギングに電話するからね。大声出すよ」
まだ言うか。
都合よく使われるにも程がある。さっき手伝ってやってる最中、どんなにニアミスしてもそんな事、1言だって言わなかったくせに。
そこに……どこからか妙なる調べが、部屋中に流れ出した。
「あー、最後にスイッチ切らないと」と、右川は項垂れて見せる。
「なにこれ」
それは、いつかの吹奏楽とは比べ物にならないほど完成度の高いオーケストラ演奏だ。
「ショパンだよ」
「ショパン?」
「アギングの趣味で、部活の間はクラシックを流す事にしてんの」
「へぇ~」
悪くない。茶道だから琴か三味線かと考えがちだが、意外に合っている。
阿木は、そういう類の雰囲気作りが上手いと改めて思った。
音楽に促されるように、その場に落ち着くと、俺は差し入れの袋を背中に隠すように置いた。
「あんたも、なんか飲む?」とか言いながら、右川は何処からか缶コーヒーを持ってきて、渡してくる。これは、折れてくる可能性もあるとか?
「今日はお菓子が余ってないんだよね」
とか言いながら、右川もその場に膝を揃えて正座。缶コーヒーを飲み始めた。
それを見届けて、自分も口元に運ぶ。
右川は自分の缶コーヒーを、まるでいつかの茶器のように恭しく畳に置いて……そうやって、ちゃんとしてれば、案外良く見えるのに。
突如、「限界っ!」と、右川はズルッと足を横に崩した。
「うわ。カッコ悪いだろ、それ」
10秒、もたなかった。
いつかの文化祭、山下さんの前では相当我慢していたと分かる。
ズビズビと音をたてて缶コーヒーをイッキ飲みする様を見ていると、大和撫子が、かなり遠くなった気がした。
「あんたがさっさと謝んないからでしょ。早く土下座してよ。ちゃんとちゃんとちゃんと」
「それは……まぁ、これ飲んでから」
とりあえずキレないでおこう。せっかく話せる雰囲気なんだから。
つまり、押してもだめなら、引いてみろ。
北風と太陽。
これか。
頭の中で段取りを転がしながら、まずは3時まで普通に部活に顔を出した。
楽しいはずの部活は、今や修羅場となりにけり。
途中バスケットボールが何度も何度も、何故か俺だけに向かって飛んでくる。
1度は足を取られてバランスを失って……あれはマジでヤバかった。
狙いが少し外れていたら足首をグニって、捻挫は確実だろう。
そう。はっきり俺は狙われている。
「大丈夫っすか?」と、俺を気遣ってくれるのはバレー部の1年だけ。
「今日はバスケにモテモテ?」
暢気に、いつも通りのクソボケをかます工藤は、正直ボコりたくなる。
ノリは相変わらずの不機嫌で、ボールを挟んでニアミスしようものならお互い譲り合い&奪い合い。いわゆる、お見合いを何度も繰り返した。
それを見ている後輩はこれまた気を使い、工藤は、「今日もBL?ラブラブ?」と鈍感をひけらかし、黒川だけが、「痴話ゲンカ。炎上中」と、大喜び。
時間を追うごとにノリから怒りの様子は消えていくようにも見えるのだが、ここまで長引くと、今さらの気恥しさで、謝るとか笑ってみるとか、どれを取っても拷問に等しい。
3時になり、「ちょっと抜ける。用事があるから」と、俺が言うのを受けて、「洋士は、よーじだってさ」と、ノリがぼんやりボケてくれたらしいのだが、その時の俺はこれからの事に頭が一杯で上手く突っ込めず、打ち解ける機会を失ってしまった。
俺がツマんないせいで、また1つ、仲直りのキッカケを見送って……どれだけヤリ合っても、夕方には、うまい棒を齧りながらコロコロと笑い合ったガキの頃が懐かしい。
そんな昔を思い出しながら、1度生徒会に立ち寄り、謎の差し入れを携え、約束の時間に遅れそうだと、上からジャージを羽織っただけの薄ら寒い格好で小走りに向かった。
茶道部。
そこは畳を敷いて和室に見立てた、部屋の一角。
エアコンが利いて、なかなか暖かい。
右川が1人でいた。
浴衣姿。紺色に青と水色のグラデーションが、やけに清楚に映る。
「遅っせーよ」
第一声は、そんな艶姿に不似合いの口の悪さから始まった。
大和撫子、早くも失格。
「茶道部は、部活これから?」
「さっき終わって、先生も帰ったばっかり」
その割には、すっかり片付いている。
右川は、いくつかの横長のテーブルを、端から布拭きしていた。
「こんなテーブルなんて、何に使うの」
茶道だから、畳さえあればと思う。
「何って、お菓子置いたり、琴浦さんが荷物置いたりだよ」
「コトウラさん?」
「お茶の先生。よそから来てるんだけど。知らないの?生徒会のくせに」
こう言う時、思うのだ。
何故、生徒会は何から何まで知っていて当然と、思われてしまうのか。
そして、右川は何がしたいのか。
見ていると、拭き終った横幅2メートルはあるテーブルを、まずは両手で掴み、そこからまるでダンベルを持ち上げる選手のように、「うむむ」と両腕に力を込めてプルプルと震え、そのまま10秒が経過。
次にそのテーブルを突き飛ばす勢いで、「うりゃあっ!」と向こう側に押し倒したかと思うと、非力な握り拳で、ゴチンゴチンと不器用にその脚を折り畳む。
それだけの事に、命がけ。これだけの物音。ムダな時間と労力。
何もしない訳にもいかない。
「手伝えって言えばいいだろ」
つい飛び出してしまった。
こんなの俺1人で充分なのだが、そう言って甘やかす訳にもいかないと、成り行き上、右川と一緒になってテーブルを片付ける。
全てのテーブルを畳み、端に重ねて仕舞う事にも手を貸してやった。
それなのに、ありがとうすら無い。山下さんにチクるぞ。
それより阿木が来ない。
15分が過ぎた。3時の約束。右川と最後の話し合い。
……まさか。
「あのさ」
「気安く近寄んないで。まだ許した訳じゃないんだからね」
「手伝ってやったんだからいいだろ。てゆうか、俺が来ること知ってた?」
「てゆうか、あんたがいつかの事を謝りたいって言うから、待ってたけど」
「え?阿木が、そう言ったの?」
「あんたがアギングに言ったんでしょ!」
誘い出す口実。それすらも俺がへりくだって出なければならないのか。
右川は長い紐(おそらく帯)を畳にまっすぐ置いて、
「この線をちょっとでも越えたらアギングに電話するからね。大声出すよ」
まだ言うか。
都合よく使われるにも程がある。さっき手伝ってやってる最中、どんなにニアミスしてもそんな事、1言だって言わなかったくせに。
そこに……どこからか妙なる調べが、部屋中に流れ出した。
「あー、最後にスイッチ切らないと」と、右川は項垂れて見せる。
「なにこれ」
それは、いつかの吹奏楽とは比べ物にならないほど完成度の高いオーケストラ演奏だ。
「ショパンだよ」
「ショパン?」
「アギングの趣味で、部活の間はクラシックを流す事にしてんの」
「へぇ~」
悪くない。茶道だから琴か三味線かと考えがちだが、意外に合っている。
阿木は、そういう類の雰囲気作りが上手いと改めて思った。
音楽に促されるように、その場に落ち着くと、俺は差し入れの袋を背中に隠すように置いた。
「あんたも、なんか飲む?」とか言いながら、右川は何処からか缶コーヒーを持ってきて、渡してくる。これは、折れてくる可能性もあるとか?
「今日はお菓子が余ってないんだよね」
とか言いながら、右川もその場に膝を揃えて正座。缶コーヒーを飲み始めた。
それを見届けて、自分も口元に運ぶ。
右川は自分の缶コーヒーを、まるでいつかの茶器のように恭しく畳に置いて……そうやって、ちゃんとしてれば、案外良く見えるのに。
突如、「限界っ!」と、右川はズルッと足を横に崩した。
「うわ。カッコ悪いだろ、それ」
10秒、もたなかった。
いつかの文化祭、山下さんの前では相当我慢していたと分かる。
ズビズビと音をたてて缶コーヒーをイッキ飲みする様を見ていると、大和撫子が、かなり遠くなった気がした。
「あんたがさっさと謝んないからでしょ。早く土下座してよ。ちゃんとちゃんとちゃんと」
「それは……まぁ、これ飲んでから」
とりあえずキレないでおこう。せっかく話せる雰囲気なんだから。