God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
2月3日~立候補申込み、締め切り……ズルッ
2月3日 土曜日。
立候補 申し込み締め切り。
放課後。
早速、人手が足りないと呼び出された。
投票用紙、投票箱、選挙の手引きなる諸注意、諸々と必要な書類。
選挙管理委員会の指示の下、候補者は、明日からの公示期間に備える。
永田は黒川と共に、さっそく1番乗りで届け出にやってきた。
重森は、それを避けるようにわずかな間を置いて登場。
たった1人でやってきて、1人で届け出を提出して、1人で帰って行く。
その姿を見ていたら、不覚にも胸が切なくなった。
「右川さん、来ないわね」と、阿木が、しみじみ。
「来ないよ。もう来ない。確実」と、俺は、きっぱり。
「ごめんなさい」
何故か阿木が急に謝る。いつかの、スッぽかしを言うなら、今さらだ。
「沢村くんが、あそこまでやると思ってなかったから」
一瞬で血の気が引く。
まさか。
阿木が呼び出した茶道室。
阿木は来なかった……と思い込んでいた。
「まさか。おまえ、見てた……?」
「だって、もしかして、まさか、また喧嘩になっちゃいけないと思って」
その動揺ぶりが、あの光景が阿木に与えたショックの大きさを如実に表している。
結局、最後まで見たのか。
あの音が消えるまで、たっぷりと。
見たけど本人には黙っておこうとか、そういうデリカシーって無いのか。
阿木は、そうゆう女子とは違うと思ってたけど、女子は女子だな。軽蔑だ。
それ以上、俺自身がやってしまった、あれこれが急に浮かんで顔が熱くなる。
思わず目を反らしたその先に、涙目の浅枝が居た。(半分、風邪気味で。)
「先輩は、酷いです」
「まさか……おまえも?」
浅枝は、頷くかわりにズルッと鼻をすすった。
こっちは思わず舌打ちが出る。
「2人揃って、ちゃっかり見物したという訳か。酷いのはどっちだよ」
「沢村先輩が、会長がどうとか選挙がどうとか、そんなこと言わなかったら今頃は……ズルッ」
「あいつが自分から立候補したとでも言うのか」
「先輩に、可愛い彼女ができたかもしれない……ズルッ。それが残念です」
「あいつは可愛くない!泣くな」
「あたし泣いてませんからっ、ズルッ。風邪ですからっ。ズルズルッ」
クソ紛らわしい。
「右川先輩を見ると、選挙選挙って……ズルッ。あたし、なんか可哀想になってきちゃって」
「そうよね。あんな事されて、選挙選挙いわれたら、やっぱりこの人それが目当てかなって」
「そう思っちゃいますよね。ズルッ」
「思うわよ」
「……もう黙れ」
顔が火を吹くようだった。
マジで何もしなければよかったと、それを確実にした。
いたたまれなくなって、1度その場を離れたその先でノリと出くわして……気まずい事には変わりない。行き場を無くしたまま、また阿木の元にトンボ帰りするという醜態を演じる。
はは……笑う所でもない。
「何の真似かしら」
「今頃あたし達に謝ってもムダですからね。ズルッ」
「謝る、かッ!」
その後、ミーティングだと工藤に呼ばれて席を外し(もうちょっと早く来いよ。クソ鈍感!)、5時少し前に戻ってくると、阿木が1人で片付けていた。
聞けば、「もう誰も来ないよね」と、他の選管は早々に引き上げたらしい。
重森は、右川が3時半までに申し込みに来なかった事をわざわざ確認に来たようで、「ツブ、撃沈」と満足そうに頷くと、「先輩に報告してくる」と向かったとか。
わざわざ確認と言えば、桂木も来たようで、「そっか。右川のヤツ、やっぱ来なかったか」そこで時計を見て、「3時半。この時間なら、もう帰っちゃったよね」と、ため息をついて出て行ったと……その背中を見送りながら、
「桂木さんがそこまで右川さんに期待してるなんて、ね」
阿木は知らなかったようで、「そんなに仲良かったかしら」と仕切りと当惑していた。
そこに浅枝が戻ってきて、阿木を1人だけ呼び出すと、俺に見えない所で何やらコソコソとやり出して……挙動不審。
嫌な予感がして、そっと近づいて見れば、立候補の申込書に『右川カズミ』と名前が入っている。それは、どう見ても浅枝の字だ。
「原則。本人が書いて持って来る。分かってるよな」
浅枝に厳しく、突きつけた。
「そうね」と、阿木がため息をつく。「やめましょう。こういう事は」
その用紙を押し戻す。「はい……ズルッ」と、浅枝が泣きそうな顔で俯く。
3人、しばらくその場に立ち尽くした。
俺も、あんな事さえなければ、これを最終手段と企んで、浅枝に乗っかったかもしれない。
提出締め切り10分前。
「じゃ、俺も帰る」
もう、本当に何もしなくていい。本当に終わった。
明日から不本意ではありながら重森に使われ、七転八倒する日々の始まりだ。
永田さん、松下さんに、謝って回る日々の始まりでもある。
校門を出た時、ちょうどノリからラインが来た。
『らす。もう怒ってないよ』
ズルッ。
うっかり、泣きそうになる。

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