God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
2月7日~桂木ミノリという女子のクオリティ
2月7日。早朝。
その日はいつもより30分早く学校に到着。
今朝は霜が降りて、前日の雪のしっとりを吹き飛ばし、そこに厳しい寒さだけを連れて来た。
登校中の生徒でごったがえす校門前では、さっそく候補者同士の熱い戦いが始まっている。
〝会長立候補 ○○○○〟
それぞれが名前入り斜め掛けのたすきを掛け、自己紹介などの簡単なビラを配りながら挨拶&握手など、有権者に顔を覚えてもらうのだ。
30分早いというだけで、こんなにも寒さと眠気が襲ってくるものか。
だが、そんな弱音を吐いてなど居られない。
桂木ミノリは俺よりさらに早く来ていて、集まってくれたその他の応援に「おはよ」と、アメを配って回り、後は俺が到着するのみという具合に準備を整えていたのだ。
タルんでる!と怒られる事を覚悟していたら、「ハイ」と、俺にも笑顔でアメをくれながら、
「生徒に配ってもいい?って阿木さんに聞いたら、そういうのはダメって……そこをたまたま通りがかった吉森先生に釘刺されちゃったよ」
だろうな。
「それって買収って事になる?」と、応援の女子が誰ともなく尋ねると、「やっぱ、なるんじゃん」と男子はガリッと飴を噛み砕いて、「よろ~」と、ついでのように通りがかった自転車にビラを投げ込んだ。……おい、それ先輩だぞ。
「アメ1個だよ?たった1個だよ?」
「だって、くれないヤツより、くれるヤツに転ぶだろ。普通」
「たったアメ1個で転ぶ?」
「1個しかくれないセコい奴って事で、下手したらあっちに転ぶかも」
負けたまま話を終わらせたくないと、女子の買収模様は次第にエスカレート。
「ねー、顔付きチロルチョコってあるじゃん。特注の。あれ配ったら良くない?顔覚えてもらうのにさ」
「だからそれは、買収だってば」
「イヤ待て。それって公示前ならお咎め無し、じゃないか?」
そうだよそうだよーと、女子は味方と一緒になって勝手に決めつけると、
「だったら、冬休み前に配っとけば良かったね」
「それ配るの早過ぎて、目的を忘れちゃうじゃん」
「だったら年明け早々は?お年玉、みたいな」
「そういうの下心ありすぎて引くね。オレは」「僕も」「僕も」と、男子が次々に乗っかって、女子を煽る。
「だったら今度のバレンタイン!って、そういうのも引く?」
「それは……」と口ごもった男子を押しのけて、「それは下心あっても欲しいよね」と、桂木が乱入。作業に没頭していると思えば、不意に軽口にも応じる。この変わり身の早さ。
こう言う時、思うのだ。桂木ミノリは、ノリが良い。
自分はどうだ?
「男子が男子にチョコ配っても、いいの?誤解されない?」
それを冗談と笑い飛ばしてくれるかと思いきや、「アタリマエかよ」「ツマんない事言うな」「ますます寒くなる」と次々と男子群に一蹴されてしまった。
オチらしいオチも言えず、楽しい会話に水を差してしまって。
「何を配るにしても準備が肝心。もうちょっと早く言ってくれたらね」
と、結局そうなる。
話題はその先、フェイスブックとインスタグラムはどっちが有効か?に、取って代わり、俺はそんなやり取りを背中で聞きながら、アメとかチョコとか、そんな買収の入口。その先にあるのが永田の選挙活動〝×××〟ではないと、一体誰に言いきれるのか。
(永田の〝×××〟。知りたい人、暇な人は文化祭編へGO!)
その先、バスケ部の陣取る周辺を眺めた。
永田は仲間のド真ん中、寒そうなぺらぺらのユニフォームを着てゲラゲラと笑っている。コート着用で温々の黒川と仲良く並んで、いつだか勝ち取ったバスケ部の優勝旗をひけらかしながら、機嫌良く手を振っていた。
そこで誰だか後輩女子に言われて、愛想良く、写真撮影にも応じている。
俺と目が合うと、けッ!とばかりに中指を立てた。……態度、悪い。
それを思えば、重森などは優雅であった。
フルート奏者の1年女子が1人、重森の隣に立って厳かな旋律を奏でる。
その周りで、5人程の応援がビラ配りを展開。
フルートは緩やかに、滑らかに、そのまま歩きながら眠ってしまいそうな程、メロディがすんなりと溶け込んでくる。うっかりそのリズムに合わせて、俺は何度もお辞儀を繰り返した。まるで、よく眠れるα波ミュージック。おかげで(?)重森とは1度も目が合わない。
ノリが、そこに登校してきた。
黒川と2言3言、言葉を交わし、俺には他人行儀に一礼して校舎に消える。
マジで堪える。
その昔、付き合っていた彼女とケンカ中でも、ここまで凹む事は無かった。
……全てが終わったら、土下座だな……。今だけ、頭の片隅に置く。
それから10分後。
俺の周り、とある一画は、アイドルの写真撮影会となった。
「ブラザーK!どうにかしろッ。女が皆あそこで止まってんじゃねーかッ」
それは、永田の思い過ごしでも何でもない。
「朝練を抜け出して来てやったゼ」と照れくさそうに、爽やかな笑顔を躍らせて、サッカー部・期待のイケメン、桐生がこっちの応援に加わったのだ。
1年女子は、ここぞとばかり寄せ集まってくる。ちょっとでもお近づきになっておこうという下心が見え見えだ。藤谷が、「一体、誰が主役なの?」と首を傾げる気持ちも分かるが、まぁ良しとしよう。
人だかりが出来ると、選挙に興味のない輩もそれを見て、「何だぁ?」と、顔ぐらいは覗かせてくれるから、ある意味、ありがたい存在だ。
まー、この時とばかりに利用するのだ。
桐生の配るビラだけが、飛ぶように消えていく。
その向こうで明るい笑顔を振り撒くのは、部長、キャプテン、優等生クラス、大会入賞の常連、どれも桂木が急きょ、集めて整えた選挙応援なのだが、その顔ぶれは、もう豪華で豪華で。まさに桐生に匹敵する、イヤ、それを凌ぐと言っても過言ではないクオリティだった。
それは、それらを集めた桂木ミノリという女子のクオリティでもあった。
こうなってくると、俺が主役でいいの?と、自分自身に問いたくなる。
最初、桐生が手伝いに来ると聞いた時はさすがに「ウソだろ?」であった。
「だって、オレら一応、第3極の同志じゃ~ん」
理由は本当にそれだけか?それこそ、ウソだろ。
桂木に振られ、それでも頼まれたら、こうして駆けつけるとは下心が見え見えで、その最たる物のような気がした。
< 27 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop