God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
〝取引という名の約束〟
3学期が始まった。
雪は少しずつ溶けていくものの、寒さは日増しに強くなる。
道を行けば、あちこちで溶けない氷膜が足元を惑わせた。
親父と兼用の黒いジャンパーに身を包み(俺専用だと思い込んでいたが、なぜかそう言う事になっていた)、弟から貰ったマフラーを巻いて(なぜ?)、片手には相棒アクエリアス、もう片手でバランスを取るという離れ技で危うい歩道を行く。そこに背後から自転車が1台やってきたかと思うと、俺の真横でザクッと嫌な音をさせて見事に転んだ。
女子だ!……いや、肝心な部分が真っ黒で何も見えない。
まー、大かた、下に何か穿いている。無意味な期待を描いてしまったと、そんな罪悪感も手伝って、助け起こしてやったのだが。
「あ、ありがと……って!ゲ、沢村っ!」
女子は驚いたと同時に俺の手をピシャリと払いのけ、「ゴメン。じゃ!」と何かに急かされるように自転車に跨り、10メートルもいかない所でまたスッ転ぶ……バスケ部女子、宮原。
そんな運動神経でバスケでの立ち位置はどうなのか。
てゆうか、せっかく助けてやったのに何だ、あの態度!
男子にとって元カノは美しい思い出だが、女子にとって元カレは忌み嫌う厄介な存在である。そんな言葉を思い出した。……いや、別に宮原と俺は付き合った訳でも何でもないけど。
まぁ、そうなってもおかしくないような状況に一時はあった。
特別な事は何も無かった。それなのにあの態度だ。納得いかない。おかげで、俺は大事な相棒を2~3メートル先に放り投げてしまったじゃないか。
相棒アクエリアス2Lを水溜りから救い上げ、そのボディを拭ってやりながら、これからの事に思いを馳せる。
早速今日あたり、選挙に向けて選挙管理委員が選定される筈だ。
執行部からは阿木が加わる予定である。
選挙の公示に向けて、出馬の決まっている候補者は早くも仲間内で応援団を結成し、陣営を組み、選挙に備えるのだが……急に、俺の足取りは重くなった。
それは歩道脇の前方、雪掻きで盛り上がった大きな雪のかたまりを見たから、ではない。
今年の選挙は〝荒れる〟。それが分かるからだ。
大荒れの選挙戦、その渦中、俺は武器も持たず、大怪我を覚悟で飛び込まなくてはならない。
〝取引という名の約束〟
俺は、足元を取られる不安に苛まれつつ、薄氷を踏みしめた。
そこへ、リズミカルな足音で誰か近づいてきたと思ったら……重森だった。
1組の重森ヒロム。
吹奏楽部・次期部長。そして、自称(?)次期・生徒会長。
新年の挨拶も、そこそこに、
「クソほど寒いし」
新年早々、重森は悪態をついた。曖昧に頷いては見せたものの、さっきの宮原のおかげで、こっちは中途半端な笑顔が凍り付いたまま溶けない。
「沢村って、来月の模擬、もう申し込んだ?」
成り行き上、「うん」と答える。
「志望校のランク、沢村はどのへんに設定してる訳?」と聞かれても。
「俺のそれ、聞いたからってどうなの。そっちは国立組だろ」
そういう範疇に俺は居ない。優越感を遠回しに見せびらかして大満足なのか、重森は、「そうだっけ」ふふん、と不敵に笑った。
こういう所が嫌われる。こういう所が!
自称・次期生徒会長……その立ち位置は、この雪道と同様に危うい。
(と、信じたい!)
不意に、先のバス停路側帯に1台の車が止まった。白い、軽トラック。
荷台には大きめのカゴやら青いビニールシートやらが乗っていて、この辺りではあまり見かけないガチ農業仕様である。
その車から女子が1人、降りてきたかと思うと、背中をひきつるように地面に足を届けた。
どこか見覚えのあるリュックを取り出し、トラックの荷台から大きな紙袋をも引っ張り上げて、
「るっさいなぁーもう!ハイハイ。じゃまた。来年ね!」
車中に向かって悪態をつくと、ドアを乱暴にバタンと閉めた。
その女子と目が合った。
合ってしまった。
黄色いマフラーを首から口元に掛けてグルグル巻き、顔の殆どは隠れている。だが、その天辺から覗くモジャモジャの髪の毛で、そいつが誰だかすぐに分かった。
右川カズミ。
右川は俺を見て(恐らく重森も見て)、不愉快に眉根を寄せ、突如、ゆっくり動きだした軽トラのドアを強引に開けた。
「待って!あけおめ!」
車の中から、「あぶねーだろが!」と、野太い咆哮がする。恐らく、右川の父親らしき?なのか、再び右川を乗せて、その軽トラはユルユルと走り出した。
1年が……右川家ではアッという間に過ぎ去ってしまった。
「ケモノの親は、やっぱりケモノか」と、重森が呟く。
「顔とか、見た?」俺には全然見えなかった。
「横顔の……影だけ。チラっとな」
それだけでケモノ呼ばわり。
……するに十分すぎるほど存在感のある大声だった、とは思う。
「ま、どーでもいいだろ。ツブの家族なんか」
とは言うけど、あの右川の親だ。
数々の伝説を残したという、あの右川の兄貴の親でもある。どういう育て方をしたのか興味は尽きないが、どうでもいいといえば、どうでもいい。
「分かってんだろうな」
重森は、いきなり来た。
「まさか忘れたとは」
「言わないよ」
あの日。
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