God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
5時間目が始まるまであと10分。
それをスマホで確認しながら、水場を横切り、美術部などの文科系がひしめく芸術棟校舎をスリ抜けて、3年フロアに入った。
廊下で中の様子を窺っていると、
「……国立2次試験。願書締め切り。内申書」
松下さんは、目の前にフラフラと歩み寄ってきて、いきなりそう呟く。
まるでメモ代わりに使われている気分だ。「大丈夫ですか」としか言えない。
「忘れないうちメモっとかないと」と、松下さんは自身の手のひらにサラサラと書き始めた。そこで、思い出したように、「選挙。協力できなくて悪いな」と、ぼんやり謝られる。
「大丈夫です。結構、周りが頑張ってくれて」と、ありのまま伝えた。
「で、用件だけど。ちょっと早いけどバレンタインだと思って」
何かと聞けば、驚いた事に(チョコではない)、
「今日の放課後さ、永田と2人で校内を歩いてこいよ」
教室の隅っこ、窓際で眠そうに雑誌をめくっていた永田さんと目が合った。
松下さんに、「今日、そいつ来てないから、そこ座っていいよ」と促されて、永田さんと3人、言われた席に落ち着く。
校内を永田会長と練り歩く……つまりそれは、永田会長の公式の応援という事だ。
「大丈夫ですか」
弟というより、バスケ部全体。「周囲が」と、こっちが心配になってくる。
「それぐらいハッキリやっておかないと、誰かに怒られるから」
そこで、「僕じゃないよ」と、松下さんは笑った。
永田さんが何より怖い存在……阿木ですか。遠回しではあるが、協力してくれるという事だろう。泣くほどではないけれど、少しは効いた。
「小野田が、カマしてるらしいじゃん」
「伝わっていましたか」
バスケ部武闘派筆頭の小野田。こっちが重森の後援に付いたというだけで、永田にも負けない大暴れである。立候補となれば、何をか言わんや。
「あー……ハイ。まぁ、色々」
フザけんな。ブッ殺す。シバくぞ。
「という、感じです」
「いつかのポスターは、どう?あれから」
何の事ですかと尋ねると、
「キヨリから聞いたけど、最初のポスターが小野田に破られたって」
それは初耳だった。……あ。それで急遽、ポスターを日替わりにしたのか。
パタパタとドミノが倒れるように、一連の事象が繋がる。
俺には知らせないでおこうとした、という事か。また破られても、日替わりだから処分した、と誤魔化せる。
ふと……俺と言うより桂木自身、部内で大丈夫なのか。
そう言えば、改めて確認した事が無かった。だがそれも、俺が永田会長の協力を得る事で解決するだろう。1つの可能性として、バスケ部員が他の候補に絡んでいる事は、広い意味でムダとは言えない。俺が会長の公認を得た事で勢いが付き、ある意味、最有力候補ともなれば、なおさら。
「桂木さんは頭いいから。おまえも楽しいだろ」
その意味を深く考えるより先に、いつも頭にこびり付いて拭えない違和感が鎌首をもたげる。
桂木は真面目、一生懸命、性格も良いし、ノリもいい。
その頭の良さでもって、もうすっかり俺の陣営の中心。
まさか、そのすべてがバスケ部の利益を計算に入れた侵食行為なのかと……今も、どこか疑ってしまう。
その時、外からピアノの音が聞こえてきた。「何の曲?」、松下さんに聞かれて、「さあ」と永田さんが首を傾げる。「俺も分かんないです」と右に倣った。
17、8年の歴史を頼りに、しばらくそれぞれが曲目検索に溺れた。
「試験に出たらどうしよう」
「ひたすら踊れ」
音が途切れた所で、思い出したように、永田さんから、
「小野田は1番極端で。それが恩返しって、勘違いしてるトコあるから」
「永田と回る事で、生徒会が公式に認めていると分かれば、少しは大人しくなると思うよ」
永田さんも、松下さんも、阿木も、桂木も……1つ1つ脳裏に取り上げていくうち、次第に鼻先辺りに込み上げてくる。
またピアノが鳴りだして……ヤバい。何とか我慢。こんな所で泣けない。
「ということで、今年は沢村と右川さんの2人が、生徒会の公認だな」
その名前は、瞬時に温度を奪った。俺の脳内は凍り付く。
「はぁ」としか、言えない。
「まー、そう言う事になりますね」としか、言えない。
そこに、いつかの占い女子がやってきた。
「あの噂、本当?チビと君、2人が付き合ってるとか」
「あれは嘘です」
すると、
「え?違うの?」「違うの?」と、立て続けに、松下さんにも永田さんにも噛みつかれた。
「当たり前ですよ。そんな訳ないでしょう。知ってるくせに」
「はは、は」「ははは、は」と、2人は共犯的な笑みを浮かべた。
「俺は、フラれました」
これは、どっちにも取れる。
推薦を断られた、そして、下心で迫って、文字通り〝振られた〟。
阿木が、永田会長にあの日見た事をどこまで話しているのか。
黙って置いてくれたのか。
それを確かめる意味もあって、どっちに転んでもいいように、曖昧に濁してみたけど……永田さんの一連の様子からして、阿木からは何も聞いていないと窺える。
正直ホッとした。女子とは言え、僅かながら良心は持ち合わせているらしい。
「右川も、永田さんと校内を歩きますか」
「実は、言ってみたんだけど、断られたよ」
松下さんからの提案を断るとは、やる気無し。それを確実にした。
2人には見えない所で、俺は小さく溜め息をつく。
桂木をどうこう言えない。
あれだけ、けちょんけちょんにヤラれたと言うのに、それでもなお、俺自身が謎の期待感に苛まれているとは……自分で自分が分からない。
「あのコ、結構手強いよ。キミ、油断しない方がいい」
不意に占い女子に言われて、「それはもう」と、うなだれた。
第三者にも一目置かれているのか。「右川は、破壊力抜群ですからね」と、それ位は認めてやってもいい。それ位の余裕はカマせる。
「あ、でも、もう遅いかな……そうくるかぁ」と、占い女子の微かな呟きは周囲の雑音にかすめ取られてしまい、その先を聞く事が出来ないまま終わってしまった。(悔やまれる。)
それをスマホで確認しながら、水場を横切り、美術部などの文科系がひしめく芸術棟校舎をスリ抜けて、3年フロアに入った。
廊下で中の様子を窺っていると、
「……国立2次試験。願書締め切り。内申書」
松下さんは、目の前にフラフラと歩み寄ってきて、いきなりそう呟く。
まるでメモ代わりに使われている気分だ。「大丈夫ですか」としか言えない。
「忘れないうちメモっとかないと」と、松下さんは自身の手のひらにサラサラと書き始めた。そこで、思い出したように、「選挙。協力できなくて悪いな」と、ぼんやり謝られる。
「大丈夫です。結構、周りが頑張ってくれて」と、ありのまま伝えた。
「で、用件だけど。ちょっと早いけどバレンタインだと思って」
何かと聞けば、驚いた事に(チョコではない)、
「今日の放課後さ、永田と2人で校内を歩いてこいよ」
教室の隅っこ、窓際で眠そうに雑誌をめくっていた永田さんと目が合った。
松下さんに、「今日、そいつ来てないから、そこ座っていいよ」と促されて、永田さんと3人、言われた席に落ち着く。
校内を永田会長と練り歩く……つまりそれは、永田会長の公式の応援という事だ。
「大丈夫ですか」
弟というより、バスケ部全体。「周囲が」と、こっちが心配になってくる。
「それぐらいハッキリやっておかないと、誰かに怒られるから」
そこで、「僕じゃないよ」と、松下さんは笑った。
永田さんが何より怖い存在……阿木ですか。遠回しではあるが、協力してくれるという事だろう。泣くほどではないけれど、少しは効いた。
「小野田が、カマしてるらしいじゃん」
「伝わっていましたか」
バスケ部武闘派筆頭の小野田。こっちが重森の後援に付いたというだけで、永田にも負けない大暴れである。立候補となれば、何をか言わんや。
「あー……ハイ。まぁ、色々」
フザけんな。ブッ殺す。シバくぞ。
「という、感じです」
「いつかのポスターは、どう?あれから」
何の事ですかと尋ねると、
「キヨリから聞いたけど、最初のポスターが小野田に破られたって」
それは初耳だった。……あ。それで急遽、ポスターを日替わりにしたのか。
パタパタとドミノが倒れるように、一連の事象が繋がる。
俺には知らせないでおこうとした、という事か。また破られても、日替わりだから処分した、と誤魔化せる。
ふと……俺と言うより桂木自身、部内で大丈夫なのか。
そう言えば、改めて確認した事が無かった。だがそれも、俺が永田会長の協力を得る事で解決するだろう。1つの可能性として、バスケ部員が他の候補に絡んでいる事は、広い意味でムダとは言えない。俺が会長の公認を得た事で勢いが付き、ある意味、最有力候補ともなれば、なおさら。
「桂木さんは頭いいから。おまえも楽しいだろ」
その意味を深く考えるより先に、いつも頭にこびり付いて拭えない違和感が鎌首をもたげる。
桂木は真面目、一生懸命、性格も良いし、ノリもいい。
その頭の良さでもって、もうすっかり俺の陣営の中心。
まさか、そのすべてがバスケ部の利益を計算に入れた侵食行為なのかと……今も、どこか疑ってしまう。
その時、外からピアノの音が聞こえてきた。「何の曲?」、松下さんに聞かれて、「さあ」と永田さんが首を傾げる。「俺も分かんないです」と右に倣った。
17、8年の歴史を頼りに、しばらくそれぞれが曲目検索に溺れた。
「試験に出たらどうしよう」
「ひたすら踊れ」
音が途切れた所で、思い出したように、永田さんから、
「小野田は1番極端で。それが恩返しって、勘違いしてるトコあるから」
「永田と回る事で、生徒会が公式に認めていると分かれば、少しは大人しくなると思うよ」
永田さんも、松下さんも、阿木も、桂木も……1つ1つ脳裏に取り上げていくうち、次第に鼻先辺りに込み上げてくる。
またピアノが鳴りだして……ヤバい。何とか我慢。こんな所で泣けない。
「ということで、今年は沢村と右川さんの2人が、生徒会の公認だな」
その名前は、瞬時に温度を奪った。俺の脳内は凍り付く。
「はぁ」としか、言えない。
「まー、そう言う事になりますね」としか、言えない。
そこに、いつかの占い女子がやってきた。
「あの噂、本当?チビと君、2人が付き合ってるとか」
「あれは嘘です」
すると、
「え?違うの?」「違うの?」と、立て続けに、松下さんにも永田さんにも噛みつかれた。
「当たり前ですよ。そんな訳ないでしょう。知ってるくせに」
「はは、は」「ははは、は」と、2人は共犯的な笑みを浮かべた。
「俺は、フラれました」
これは、どっちにも取れる。
推薦を断られた、そして、下心で迫って、文字通り〝振られた〟。
阿木が、永田会長にあの日見た事をどこまで話しているのか。
黙って置いてくれたのか。
それを確かめる意味もあって、どっちに転んでもいいように、曖昧に濁してみたけど……永田さんの一連の様子からして、阿木からは何も聞いていないと窺える。
正直ホッとした。女子とは言え、僅かながら良心は持ち合わせているらしい。
「右川も、永田さんと校内を歩きますか」
「実は、言ってみたんだけど、断られたよ」
松下さんからの提案を断るとは、やる気無し。それを確実にした。
2人には見えない所で、俺は小さく溜め息をつく。
桂木をどうこう言えない。
あれだけ、けちょんけちょんにヤラれたと言うのに、それでもなお、俺自身が謎の期待感に苛まれているとは……自分で自分が分からない。
「あのコ、結構手強いよ。キミ、油断しない方がいい」
不意に占い女子に言われて、「それはもう」と、うなだれた。
第三者にも一目置かれているのか。「右川は、破壊力抜群ですからね」と、それ位は認めてやってもいい。それ位の余裕はカマせる。
「あ、でも、もう遅いかな……そうくるかぁ」と、占い女子の微かな呟きは周囲の雑音にかすめ取られてしまい、その先を聞く事が出来ないまま終わってしまった。(悔やまれる。)