God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
大成功で幕を閉じた、文化祭の最後の夜の事。
外は真っ暗な生徒会室。
「全部、あんたのせいだからね。あんたのせいで、こんなに遅くなってさ」
山下さんとの晩メシが台無しだと、右川はしきりと俺を責めた。
「そうだよな。よく考えたら、重森がちゃんと生きてるのも、お前が警察送りにならないのも、全部俺のせいだよな。感謝しろ」
この時、先生とか永田会長とか、バスケVS吹奏楽とか、この文化祭を、そんな大ごとにしたくない。それだけが気がかりで、俺はあの時、金を返して貰えるよう土下座して重森に頼み込んだ。そしてお金は戻ってきた。
そこまでは永田さんにも松下さんにも報告した通り。
だが実際は、あの場でどうしても言えなかった事がある。
それは、約束という言葉に置き換えられた、重森との屈辱の取引きであった。
あの日。沼地での出来事。
泥水が顔を流れる。
溜め池の濁った、淀んだ匂いが鼻先に纏わりつく。
土下座する俺の真上、重森の気配だけが伝わってきた。
重森なんかに、こんな悪党に土下座。寒さより何より、情けさが身に沁みる。
重森は、「泣きたいのは、こっちだろ」と情けない声で俺を憐れんだかと思うと、
「沢村。おまえなら、どんな集団とも組めんだろ。真面目で頭も良くて、どこを味方に付けるも選び放題。そんな恵まれた環境に居て、なのに自分が立候補しないってどういう事だよ。よりにもよって、くそツブなんかに取り込まれやがって」
重森は、スッと俺の目線まで降りて来た。
まるで同志を慰めるように、顔を覗き込むと、
「あのツブを助けてやる必要なんて、あんのか?今だって、チャンスがあれば後ろからおまえを突き落とそうと企んでるような奴だぞ」
土下座したまま首だけ振り返ると、右川は両手パーをこちらに向けていた。
自然と眉根が寄る。
右川は、バレた?とでも言いたげな様子でその手をパラパラと空に振って誤魔化し始めた。
「結果見ろよ。踊らされて泥だらけになってんのは俺らだけじゃん。あのツブは無傷だ。おまえは悔しくねーのかよ」
って、その悔しさは……それは、もう。
右川に関わるたびに、いつも何度も。
程なくして、
「わかった、金は返してやる」
重森は静かにそう言った。
ああ、運命の女神さま。重森さま。
本気で嬉しい。土下座もムダじゃないと思った。
「あ、ありがとう……」
ドロボウに、うっかりお礼まで言ってのける始末だ。
この時は、お金が戻る安堵に加え、真面目とか頭いいとか、重森がまさかそこまで俺の事を評価してくれている事が意外で、ちょっと誇らしくもあって……本気で重森に抱き付いてもいいかと思った。
「で、その代わり」と、そこから少々風向きが変わったと思いきや、
「つまり、俺と取引だな」
重森は、ニッと笑った。
「沢村は、俺の陣営に入れ。俺の選挙に協力しろ」
「え……」
まさかそこまで俺の評価が進んでいるとは。
重森の、その台詞の意味する所を探っていると、「返すのは20万……じゃなくて、21万だったかな」と、重森は何を悪びれる風もなく、しれっと言ってのける。
「1組から消えた1万円。やっぱりあれもおまえなのか」
もうはっきりと軽蔑の眼差しを向けた。
「それも返してやる。あそこのツブも許してやる。もう2度と関わらない」
だから、重森の陣営に。
「いや、だけどそれは……」
俺自身が、立候補の道を断たれる。それと同義だ。
いや、もうそんな気は無い。右川を推した時点でその可能性は消えている。
十分、承知している。その筈だった。
その筈だったのに。
俺自身、そんな自分に、自分で戸惑った。少々、面食らってもいる。右川を強力プッシュしながらも、心の奥底、まだそんな野望が残っていたなんて。
重森は勘付いたと見せて、
「結果オーライ。あのツブが会長になって、おまえを3役に指名する。あるいは俺がめでたく会長になって、こっちの3役に入る。だから結局、どっちに転んでも、沢村に損は無い」
「……」
「俺は、沢村を優遇してやるつもりだ。あのツブよりは数倍マシだろ」
そこで右川の様子を窺った。こっちが何を喋っているのか、多分、分かっていない。俺を突き落とすことを諦め、スマホを手にピコピコとやっている。
こっちが返事に迷っていると、「じゃ、そういう事で」
俺が戸惑うのをそのままに、「金を返して欲しいなら、分かり切った話だ。今の沢村に選択の余地は無い。せいぜい心の準備をしておけよ」と、重森は勝手に話を進めた。
「この事は、俺が許可するまで誰にも言うな」と、口止めまでされて。
無事にお金を取り戻し、約束通り、そんな取引があったとは誰にも言わないまま、金庫に戻して……これが、あの事件、重重との取引の顛末である。

< 4 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop