God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
〝ちょっと来いってばよ〟
走り書きのメモで、俺は右川から呼び出しを受けた。
その舞台は、あの水場……嫌な予感がする。嫌な予感しか、しない。
時計を見ると、ちょうど3時。あと30分。30分の我慢だ。
行けば、右川は喜々として、いつもの黒いマフラーをクンクンやりながら、スマホを覗いている。俺に気付いて、「遅っせーよ」と、いきなりケンカ腰。
こっちは上着も何も着ていないので、両腕を組んで寒さに縮こまりながら、
「用って、何だよ」と、こっちもケンカ上等。
睨みを利かせる。
「ちょっと、あんたに言いたい事があってさ」
どうせロクでもない事だろ。
言いくるめられる前に、こっちの用件をサッサと済ませよう。
「ちょうど良かった。俺も言いたい事がある」
「何?ちゃっちゃと先に言って」
「説教だ」
こんな事も、もう最後になる。
「おまえさ、ヘタしたら選挙違反とか言われるぞ」
捕まるぞ、と凄んでみせた。
見ると、右川はノリノリでリズムを取っている。ちょうど流れてきたピアノの音に合わせて、いつもの黒いマフラーを弄びながら体を揺らしていた。
「ちゃんと聞けって」
「ハイハイ。ちゃんとちゃんと。聞いてるよー。たん、たららららら~♪」
はっきりナメてる。
「3役。どうすんだよ。全然考えてないだろ」
「サンヤク?面倒くさ。あんた、やっといてー……たりたりたららら~♪」
ここに来てようやく、いちいちムッとくるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「言いたい事言ったし。俺、帰るワ」つーか「何だっけ。おまえの用件」
「あんた、これから忙しくなるね。念願の彼女も出来てさ」
どこまでも人を見透かすような、癪に障るその態度。
桂木とどれだけ親しいか知らないが、そういう事実は無い。そういう気持ちにはなれないと、桂木には、正直に伝えた。もう、ちゃんと話してある。
朝比奈とは終わっている。今は誰とも付き合ってない。気になる女子も無い。
選挙が終わっても、部活と、まあ勉強とかその他色々で、余裕がない。
今はもう(犯人扱いで)くたくた。グレーな俺は、選挙でどうなるか分からない。だから、桂木を3役に推薦してやれるかどうかも分からない。
2人の間にこれ以上の進展は期待できない。
それでも、信頼できる友達で。そういう付き合いで良かったら。
〝それでも桂木が俺と関わっていけそうなら、そういう返事をくれよ〟
俺の背中にもたれたまま、あの時、桂木は、「考えてみる」と頷いた。
「で、おまえの言いたい事って」
何もかも、もう、どうでもいい気もするけど。
右川は、一歩、二歩、三歩と近付いた。
「あたしの委任状、あんたに、あげよっか」
耳を疑った。
というか、常識を疑う。この期に及んで何を言い出すのか。
「せとかい、やりたいでしょ?」
マフラーから覗いたその目は、もう笑っていない。どことなく挑戦的に映る。
「何だそれ。おまえだってやる気だろ。かなりの」
「んな訳ないじゃん。生徒会なんて絶対イヤ。早くおウチに帰りたいもん」
これだ。
こんなのが、次の会長だ。
「どうする?沢村候補。あたしの委任状」
どうもしない。
右川は、その場に膝を抱えて中腰で座り込んだ。遥か下から、やっぱり挑戦的な視線を投げかける。妙に、した手に出られていると感じるのは気のせいか。これは、どういう意図なのか。
俺は目を逸らした。
ポケットからスマホを取り出して……パズドラ。すっかりご無沙汰。
「分かってんの?これってさ、あんたにとっても悪い話じゃないんだよ」
右川はそこで立ち上がり、グッと顔を近づけたかと思うと、
「あたしが、沢村に委任状渡したって聞いたら、周りはどう考えると思う?」
ピコ。ポン。コンボ?ブブー。
「あの犯人は、沢村くんじゃなかったんだー……って、なるんじゃないの?」
指先の動きが、つと止まる。
「あんたは真っ白で無罪放免。委任状もらって念願の会長になれる。アギングだってチャラ枝さんだってミノリだって、ちゃーんと3役に収まるんだよ?」
右川はマフラーに口元を埋めると、くんくんと嗅いで、ニターッと笑った。
これは悪魔の囁きだと、頭の何処かは警告を発している。
こうやって、いつも大体が右川の都合良く決まる。最初から、こうする事が目的だったと聞かされても不思議じゃない。
俺に貸しを作っていい気分。
自分は雑用から解放されて、山下さんと今まで通りの楽しい放課後。
そうはいくか。
これは、俺の意地だ。
だが……その横から〝委任状〟という名の劇薬が、甘い誘惑にすり替わって流れ込む。
俺が、右川の得票数を得て会長になる、それは最高に屈辱だ。人間辞めるも同然だ。だが確かに一石三鳥。右川の言う通り、全てが丸く収まる。
正直、グラグラ揺れた。
それが1番いいと思い始めても、そこから、どうしても頷けない。
そうはいくか。
「もー煮え切らないなぁー!」と、右川は天を仰いだ。
「そんな重っ苦しいコートなんか、一気に脱いじゃえば?」
重っ苦しいコート。それは恐らく、俺のプライド。
北風と太陽が、今まさに、ここで展開されていたとは。
脱ぐ脱がないは別として、その前に、どうしても言いたい事がある。
ふざけんな。
「どんだけのヤツらが、これに関わったと思ってんの」
応援してくれた仲間の顔が1つ1つ浮かんだ。感謝してるし、それに応えようと本気で考えた。
だが、それとはまた別の感情も、昏々と湧きあがってくる。
「おまえなんかに400人も入れたんだぞ。ちょっとはそれに報いてやろうとか思わないのか」
右川は、フンと鼻で笑うと、「全然思わない」
「あんな嘘真に受けて、騙されて、踊らされて。みんな頭おかしいんだよ」
俺は、右川のマフラーをつかんで引っ張り上げた。右川はバタバタと暴れながら、「く、苦しいっ」と首元を叩く。躊躇が出て力が緩んだら、マフラーだけがするりと首から抜け落ちた。
右川は咳き込んだ。はぁはぁと呼吸を整える。
「あんたが1番悔しいからって、八当たりしないでよっ!」
その通りだ。
これは、俺の八当たりだ。悔しい。マジで悔しい。
フザけたハッタリを真に受けて陣営を逃げ出すなんて……一体、俺のどこを認めて応援していたのかと、1人1人仲間に詰め寄り、俺は一体何だったのかと、大声で叫びたくなった。
その上、右川に同情され、その委任状を貰う代わりにプライドまで捨ててしまうなんて、できないし、やりたくない。
俺は、コートは脱がない。絶対に脱がないぞ。
「会長はおまえに決まった。みんなが、おまえを選んだ」
痛くとも、これが現実だった。
奪った黒いマフラーを、右川に向けて投げつける。
握っていたスマホも、うっかり一緒になってスッポ抜け、地面に貼り付いて乾いた音を立てた。
「おまえが責任持って、ちゃんとやれ!」
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