God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
訪れた5組は、生徒の殆どがクラスに居た。
おとなしく、ではないが、いつもよりは静かに先生の来るのをそれらしく待ち受けているようである。静か、だった。まだ永田のバカが来ていないから。
右川の席に目をやる。本人は居なかった。荷物はある。
同じ5組の桂木ミノリを見つけた。
バスケ部所属。珍しく話の通じる常識人であり、あの文化祭以降、お互い、何かと頼んだり頼まれたりである。バスケ部じゃなかったら、右川の応援に一役買ってもらいたい所だ。
桂木は、手を温めていたカイロと一緒に、ゴソゴソと手を振った。
「右川は?」
「居ないね。今さっきまで居たと思ったのに」
桂木はいつも割と親切に右川の居所を教えてくれるのだが、今日に限っては、「もー、新年早々なに?あたし右川の保護者じゃないんだけど」と愚痴った。
「つまり、また逃げたか」
「かもね」と、桂木も、溜め息交じりに頷く。
あれからの……右川カズミ。
文化祭の折、ちょっとした手違いで俺は凶器(というか、ただのボールペン)を右川に向けてしまい(というか、偶然向いてしまい)、それからというもの右川は、「沢村に脅された!刺される!潰される!殺される!」と、周りに嘘八百を吹き散らかしているのだ。
有り難い事に、周囲はそんな大ボラ、真に受けるヤツは誰1人として居ない。
「あんた、その身体でそれ以上どこが潰れるの?」と、145センチで止まったままの身長を、右川自身が笑われて終わりである。
当然というか、右川は、俺が何度呼び出しても応じなかった。
文化祭以降、事あるごとに5組、週1度は茶道部、右川を探して出向いたが、いつ行っても逃げ出す、居留守を使う、元から居ないよ!を繰り返した。
いつも思う事だが、あいつは逃げる能力にだけは長けている。
廊下でクラスで、俺を見掛けるや否や、ピューッと逃げ出した。
俺が近づくだけで、その目は未だ怯えて怯えて……今は、はっきり避けられている。
世間では、「うP~。今度は沢村が右川にスリ寄ってんゾ」「沢村がチビの後ろから。深イイ~」「一周回って、もう飽きた」と、そんな冷やかしまで出回る始末だ。(なんて言い種)
俺と一緒の選択授業は、吉森先生と一緒になってギリギリにやってくる。
あろうことか重森の隣、1番前に席を陣取った。俺より、カネ森がマシだとでも言いたげな挑発的態度だ。重森の方が、絶妙な怯えを見せるのを眺めながら、ある時、俺は意を決して、「先生」と手を挙げた。
「俺、今日から右川さんの隣に座りたいんですけど」
ひゅう~。
ひょお~。
どこか懐かしい。周囲の涼しい風と熱気を、俺は体中に感じた訳だが、屁とも思わない。
右川はすぐさま立ち上がると、「やだ!ゲロ出る!あいつが横に来るなら、あたし帰る!学校も辞めてやる!」と、吉森先生に訴えた。
先生は、「もう、いい加減にしなさい」と、ため息まじり。
気を利かせて移動を試みたノリを目で脅して、「みんな、そこから誰も動くな」と命じた。結果、席はそのまま。
確か、右川が席替えを申し出た時は、俺にだけ我慢しろと言ったような。
納得いかないゾ。
右川は逃亡先として、1組には頻繁に出入りしている。
俺が右川を追って1組に入ると、ドラえもん体型の松倉という女子の背後に隠れて様子を窺うという離れ技をやってのけた。
チビだから、ドラム缶に隠れたら見えない。ドラム缶の威圧感は、恐らくこの学校1、脅威だ。
今日はと言えば……今朝の軽トラック、教室の荷物、右川がちゃんと登校している事は分かっている。5組に居ないと言う事は、今頃、またドラム缶の影に隠れて、先生がやってくるまで、こっちの様子を窺っているのだろう。
新年早々、手強い。言い聞かせたい事は山ほどあるっていうのに。
こうなってくると、俺の方も次第に焦りが出てくる。
そろそろHRが始まる。
もう諦めてクラスに戻ろうとすると、桂木に、「ちょっと」と手招きされた。
その先、今は誰も居ない視聴覚室まで引っ張られると、
「実はさ、沢村が居なくなったらメールで教えてくれって……右川に頼まれちゃってさ」
そう言う事か。
「マジで殺されるって、右川が涙目で言い張るから」
ここにきて弊害が生まれている。怯えるチビを眺めて、あー愉快愉快♪と笑っていた頃が懐かしい。
周囲は、「まーだ言ってるよ」「おー、よしよし」と、相変わらずの大笑いだと言うが。
「なんか、み~やと思いがけず仲良くなってるみたいだけど」
「み~や?」
「同じクラスの宮原マヤ」
うげ。
バスケ部女子。
新年早々、自転車でスッ転んだ、俺とは、少し因縁のあるその女子。
「沢村は真面目とか優しそうとかに見えて本当はヤバい奴……って事で、2人でやたら盛り上がってるよ」
「それは……」
厄介だな。
「でも聞いてると、右川とみ~や、その恐怖のポイントがどっかズレてるような気がするんだけど。気のせいかな?」
桂木は、説明を求めるように俺を見上げた。
右川は別として、宮原が俺を怖がる要素が思い浮かばない。
俺と宮原と言えば……あの時、ちょっとだけ、こっちが暴走してしまった事が思い出された。あの時点で、武闘派の先輩と付き合っていたような女子である。それにも関わらず、目的のためとは言え、俺に向かってヤル気満々だった女子である。あれしきの事を怖がるとは思えない。
(何だか知りたい人、暇な人は修学旅行編へGO!)
桂木は、何か疑う眼差しで俺を覗きこむと、
「何があったの?って、み~やに聞いても、謎めいて教えてくれないんだよねーーー」
とかって、教えてくれないと言いながら、ぼんやりと何かを疑って掛かるその眼差し。あの醜態を、ここで桂木という女子にどこまで話してよいか。
性質は180度違うとはいえ、宮原と同じバスケ部。そして、宮原と同じクラス。右川とも。
分かり切った事だ。言わない方が正解。
話を逸らすべく、「今度の選挙、何度も言うけど、右川カズミ、出るから。よろしくな」と、言ってみた。バスケ部に言ってもしょうがないとは百も承知で。
桂木は眉根に皺を寄せて、
「右川ってマジで出るの?どんだけマジ?あと100回訊くけど、マジ?」
「出る。というか、俺が何が何でも出す」
「ふーん」と、桂木は、その真意を計りかねる様子で、持ちこんだカイロで口元を温めながら、目線で探りを入れた……ように見えた。
警戒、警戒。腐ってもバスケ部だし。
だが、そこから、また別の意識が持ち上がってくる。
急に胸内がドキドキしてきて、俺は目線をそこら中にムダに泳がせた。
それは、思えばその昔、付き合っていた彼女とよくこの視聴覚室に2人で潜り込んで……そんな甘い思い出が、ちらっと頭をかすめたのだ。
バスケ部がどうとか以前にこんな場所で2人だけ。それを誰かに見られたらよく考えたらそれはまずいと、部屋の外に桂木を促した。
「右川にさ、俺が来たってそれだけ言っといてよ。バレンタインは口開けて待ってるからって」
笑いを誘ってみたものの、「はぁ?早くない?もうそんな話?」と、桂木にドン引きされた。
「沢村にはチョコじゃなくて、これあげる」と、カイロをもらう。
もう冷たいんですが。
「これ普通にゴミだろ」
「へへ」
どいつもこいつも、男子をゴミ同等に扱いやがる。
俺はカイロを温めながら(?)、その場を後にした。3組に戻り、椅子に深く腰を落ち着けて。新年早々、やっぱり逃げられました、と。
〝右川カズミ、選挙に出るから。よろしく〟
あの文化祭以降、どこに出向いても、俺はそう言い触らして回った。
周囲に冷やかされても、穏やかに笑い飛ばしている。
結果、俺と右川がマジで付き合ってると先生にまで誤解されるに及んでも、「背の高いのとチビとはそうなる運命って事です」と、俺は気楽に受け流した。
そういう噂に乗って右川カズミの名前が世に広まり、盛り上がるなら、しばらくそういう事にしておいてもいいとさえ思っている。
これは或る意味、能率の良い選挙運動なのだ。
どんな手段を使っても、俺は今、やれるだけの事をやっておきたい。
重森や吹奏楽の鎖に繋がれて、身動き取れなくなるであろう、その日まで。
軽トラックから出てきた黄色いマフラー、あの怯えた目つきを思い出した。
……今日ぐらいは、見逃してやるか。
担任の背中を壁にして、右川は、その腕に巻き付くように廊下を行く。
新年早々、俺はまた1つ、大きな溜め息をついた。
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