【完】溺愛恋愛マイスターにぞっこん?! 〜仔猫なハニーの恋愛奮闘記〜
そうして、暫くぶりに営業部の扉を開くと、俺と同じく補佐となっている、同僚の伊集院偉人(いじゅういんたけと)が、どっしりとデスクチェアに身を沈めていた。
俺に気付くと、丸っこい顔に人懐っこい笑顔が浮かぶ。
こいつは、さながら営業部のゆるキャラだな。
そんな事を思いつつも、中へと足を進める。
「よぉ、大原。珍しいじゃないか。お前が此処に来るなんて」
「あぁ。ちょっと野暮用でな」
「なに?もしかして、石毛の事?」
「……そんなに有名なのか?」
「そりゃーねー。開発部の美人マスコットに、大胆にもエントランスで声掛けてたら、さ。有名にもなるでしょーよ」
「ちっ」
思わず舌打ちをする。
その苦虫を噛み潰したような俺の顔を見て、伊集院は少しだけ以外そうな顔をした。
「え、なに?あの話ってマジな訳?」
「…は?」
「百戦錬磨の大原瑛飛が、一途な恋をしてるって話」
「なんなんだよ、馬鹿にしてんのか」
「そんなに怒るなよ。別に俺が言い出したわけじゃないんだから」
「悪い…」
「いやいや、良いって。でも。そうかー…お前がねぇ」
「何か、問題でも?」
「いんや?」
そう言うけれど、伊集院の瞳はにまにまと笑っている。
「俺が本気になったらそんなに不味いか?」
「いいんじゃないか?人間らしくて。今までのお前さんは、どっかしら機械じみてたし?」
ゆるキャラの癖に、伊集院の言う事は何時も真っ当だ。
確かに、決められた時間で動き、割り振られた仕事をこなし、叩かれても叩かれてもここまでやって来た。
それは恋愛に関しても反映されていて。
ーー来る者拒まず、去る者追わずーー
なんていうか。
いちいち、ことわざに例えている辺りに、年を感じない訳でもないが…もう、そんな事にかまけてはいられず。
「宣戦布告でもするか…」
「いや。その心配はないよ」
「なんでだよ?」
「その…マスコットちゃん、久倉さんだっけ?彼女ね、石毛のこと瞬殺で断ってて、二の句も出させなかったから…」
「………」
「お前が知らないだけで、結構芯は強いんじゃないの?」
「悪い、邪魔したな」
「はいはい。てか、その内飲もうぜ、大原」
「あぁ、奢るよ」
そう言いながら、ひらひらと片手を揺らすと、「ま、頑張れよ」と声を掛けられた。