芳一類似譚
母の膝をびしょびしょに濡らしてその旋律を聴いていたわたしは、やさしい声にいざなわれるように、いえ、単に泣きつかれただけかもしれませんが、とにかくいつも眠ってしまいました。
目が覚めて「あの続きは?」とねだっても、母は、「あのお話はあれでおしまい」というのです。
そんなことがたびたびありました。
わたしには、父がありません。
この辺りは地震や川の氾濫といった災害が多く、またわたしが産まれる前には大きな戦もありましたから、親のない子など珍しくはありませんでした。
それでも、黒光りする艶やかな髪と黒曜石の瞳を持つ母と、髪も瞳の色も薄い私はまったく似ておらず、そのことを揶揄する声は絶えなかったのです。
それは他人ではなく、むしろ身内から向けられることが多いものでした。
けれど母だけは、いつも愛しそうな目でわたしを見て、慈しむ手でわたしを撫でます。
「あなたの髪も目も、きれいな栗色で私は好きよ」
と。
だからわたしは思うのです。
「もしかして、わたしの髪や目は、父さまに似ているの?」
そう問いかけると、母は、
「そうねえ。おそらく」
とひどく曖昧なのです。
父について、母の返事はいつもそのようなものでした。
だからと言って、わたしはさみしくはありませんでした。
家は裕福な方で、生活に困ったところもないし、何よりも母から父の分まで愛されていましたから。
わたしにとって、父が誰かなど、些細なことでした。