君の思いに届くまで
翌日、以前琉に連れていってもらったカフェ「good luck」に向かった。

あの時のままおしゃれな木の扉がある。

そっと扉を押して入っていった。

1年前と何も変わらない空間がそこに広がっていた。

丁度お昼時だったこともあり店員さんにお昼のメニューを勧められたけど、もう一度あの味を思い出したくて、あの時頼んだ紅茶とチョコケーキを注文した。

目の前に置かれるチョコケーキは1年前と同じ。

いかにも甘そう。

そっと口に入れると、ふわっとラズベリーとチョコの濃厚な甘みが口の中に広がった。

あの時は琉が前にいて、緊張していたからあまり味がわからなかった。

こんな味してたっけ?

こんなに甘かったっけ?

甘ったるくなった口に紅茶を流し込む。

時間が経てば忘れていく、それは当然のことだと思う。

だけど忘れたくないこともある。

ずっとずっと人生を終えるその時まで密かに覚えておきたいこと。

琉は、私のことずっと忘れないでいてくれてるんだろうか。

このチョコケーキみたいに、少しずつ「あれ?」ってなったりしないだろうか。

もし二度と会えなくても、琉があの三日間をずっと覚えてくれているなら私は前を向いて生きていけるような気がしていた。

今、琉は一人でロンドンにいる。

あの場所で教鞭を振るってる。

琉は変わらないあのままの姿でいてくれてるんだろうか。

私の記憶は薄まってはいない?

ほんの少し、影から琉を見るだけなら神様は許してくれるのかな。

気がついたらチョコケーキを半分残したまま私は店を出て、急ぎ足でマミィの家に帰る。

そして、財布だけ自分のリュックに入れてマミィに言った。

「今日の夜中までには戻るわ」

マミィは目を大きく見開いた。

「ロンドンに行くの?」

「琉には会わない。ロンドンに行くだけ」

マミィはそんな私の肩をそっと抱いた。

「気をつけてね。夜遅くなるなら駅まで迎えにいくから連絡して」

「わかった」

私はリュックを背負うと駅に向かって歩き出した。



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